Research Abstract |
平安・鎌倉時代の古写本が完本として残っていることは極めて稀である.しかし,室町時代以降に掛軸などに用いるため切り取られた写本は,古筆切とよばれる断簡として伝来している.それゆえ,古筆切は稀少な平安・鎌倉期の書風・文学を断片なりとも伝えるものであり,その史料的価値は極めて高いことになる.古筆切には筆者名を記した極札が付いていることが多いが,この伝承筆者の時代と,書風・字形などにもとづく書跡史学的年代とが明らかに異なるものが多く存在する.特に歴史上有名な人物のものとされる古筆切の中には,後世の写しや偽物が多く含まれている.そこで本研究では,こうした問題のある古筆切に対して炭素14年代測定を行った.その結果,古筆切の炭素14年代は,極札にある伝承筆者の時代ではなく,書風などから書跡史学的に判断された年代を支持する値を示した.古筆切の高い史料的価値も,書写年代が不明であれば潜在的なものにすぎない.しかしながら,書跡史学的な知見と自然科学的な手法とにより,古筆切の書写年代を決定することが可能であり,その史料的価値を評価する一助となることが示された.また,古筆切の年代測定における最大の問題点は,分析のために採取できる資料の量に限度があることである.通常は1.5〜2.5mgの炭素を抽出し,測定用のグラファイトを合成するが,古筆切ではこの必要量を得ることができない場合がある.そこで今年度は,微量炭素試料でのグラファイト調製法の検討を行った.その結果,資料から調製した二酸化炭素に対して,体積比で4倍の水素を,重量比で3倍の鉄触媒存在下で反応させることで,0.5mgの炭素試料から測定に適するグラファイトを合成できることが示された.また,この条件で調製した微量グラファイトと通常法で得られたグラファイトの年代値を比較すると,両者の間に測定誤差以上の系統誤差がないことが確認された.
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