Research Abstract |
報告者は,これまでマレーシア・サラワク州の先住民を対象として,その移動の形態や要因についての調査を継続して行ってきた。本年度は,そうした具体的事例を,より広い視点から位置づけなおすための文献渉猟を中心に研究を進めた。 東南アジア地域の先住民社会に関する研究は,これまで地理学,人類学,社会学,開発経済学などの分野で多くの蓄積があるが,そうした分野における,農村人口の移動現象については,主に2つの見方が主流を占めてきた。つまり,経済的活動を重視する新古典派の立場と,社会的政治的な構造を重視するネオ・マルクス主義的な立場である。しかし,近年の研究で明らかになってきたことは,いずれも農村人口を「定着的」な集団として扱うことを前提としてきたために,移動の本質を見落としてきたという点である。 東南アジアの農村人口は,本質的に高い流動性を備えており,彼らを農村住民なのか都市住民なのか規定した上で移動を議論することはあまり意味を成さない。こうした視点から,移動の実態を再検討した場合,農村や都市といった地域概念,家族や世帯といった帰属集団の概念,さらには,移動そのものの概念等が再考の対象になることが明らかになった。移動概念に関して言えば,従来migrationという語で表現されてきた現象の多くは,mobilityとするのが適切であり,二点間の永続的移動についての考察よりも,より頻繁な多方向への動きを,政治的・社会的に考察することの重要性が指摘できる。その場合,移動者自身の視点を重視することによって,既存の地域概念を再構築する糸口が見出されると考えられる。 なお,本年度は,報告者がこれまで対象としてきたマレーシアの山地民社会に加え,2007年3月にフィリピンの漁民社会においても同様の現地調査を行い,比較検討のための具体的事例の蓄積を行った。これらの事例の検討は来年度以降の課題となる。
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