2006 Fiscal Year Annual Research Report
平安朝知識人の意識変化と社会変動--伝奇小説・物語の日唐比較を手掛りとして
Project/Area Number |
18730001
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
桑原 朝子 北海道大学, 大学院法学研究科, 助教授 (10292814)
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Keywords | 伝奇小説 / 物語 / 漢詩 / 社会構造 / ジェネアロジー / 知識人 / 科挙官僚 / 平安中期 |
Research Abstract |
今年度は、平安中期までに日本に伝わった唐代中国の伝奇小説を特定し、それぞれの社会的背景について探究するとともに、それらがいかなる形で平安朝の物語に受容されたか、その受容のあり方と日唐の社会構造の相違がいかに関係しているか、といった問題について解明することを試みた。 具体的には文学テクストの比較分析を行ったが、その結果、平安朝の物語には、僅かな数の伝奇小説(例えば『長恨歌伝』・『任氏伝』等)のプロットや表現が選択的に受容され、繰り返し利用されていることや、受容された部分が、しばしば原典とは非常に異なる意味や効果を持つようになっていることが明らかになった。このような変容は、唐から律令制度を導入する際に既に顕在化していた、両国における文芸の担い手、社会編成とジェネアロジーの関係、宗教に対する考え方等の相違と、深く関係している。但し、平安朝の物語作者がこうした相違を意識して敢えて変更を加えるケースは少ないと考えられ、伝奇小説の作者がテクストに意図的に込めていた、既存の身分制度やそれに規定された価値観に対する挑戦的な意味などは、大半の物語においては失われてしまっている。しかし、その中で、後代にも多大な影響を与えた『源氏物語』は、伝奇作者層と重なる白居易らの漢詩をも組み合わせて引きながら、原典のコンテクストを意識的に響かせる形で、きわめて効果的に伝奇小説を利用している。主に科挙官僚やこれを目指す者達によって著された伝奇小説の新たな価値観に最も鋭く反応したのが、政治的支配層の中核をなす血統貴族でも漢学を専門とする文人貴族でもなく、宮廷社会の構城員でありながら政界からは排除された女性であったことは、平安中期の日本の知識人のあり方や社会構造が、唐代中国や文人貴族が活躍した平安前期とは、全く異なっていることを、端的に象徴しているといえよう。
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