2008 Fiscal Year Annual Research Report
平安朝知識人の意識変化と社会変動-伝奇小説・物語の日唐比較を手掛りとして
Project/Area Number |
18730001
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
桑原 朝子 Hokkaido University, 大学院・法学研究科, 准教授 (10292814)
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Keywords | 伝奇小説 / 物語 / 中国 / 知識人 / 意識構造 / 批判 / 近世 / 平安期 |
Research Abstract |
最終年度にあたる本年度は、唐の伝奇小説の影響を受けた平安朝の物語とその担い手である知識人の意識構造の意義と特徴を、より広いコンテクストにおいて明らかにすることを目指した。具体的には、昨年度以前より既に着手していた、古記録を中心とする同時代の他の史料と、平安期に劣らず中国文学の受容が盛んになされた近世の文学史料の分析を引き続き行い、平安朝の物語の分析結果との比較を試みた。 古記録(日記)は、平安中期以降の人々の考えを映し出す重要な史料であるが、記主は比較的地位の高い貴族であることが多く、物語の担い手である文人貴族や宮廷の女房とは重ならない。ジャンルの相違に加え、こうした書き手の立場の相違もあって、物語と日記とでは、ほぼ同時期の宮廷社会を対象としていても、その捉え方が顕著に異なる。一般に当時の貴族の日記には宮廷儀礼や政務の作法に関する記述が多く、この点に関して周囲の貴族に向けた厳しい批判も目につく。しかし、そうした批判的態度が当時の体制や宮廷社会全体に向けられることはなく、批判の内容も、先例に合わないという形式的な基準によるものが大半で、新たな実質的価値基準を窺わせるものではない。すなわち、過去を基準として現在の変化を否定する守旧的傾向が強く見られ、社会構造の変化に鋭敏な反応を見せる物語や、それに影響を与えた伝奇小説とは、意識において隔たりがあるといえる。 一方、近世の事例との比較からは、近世の中国文学の受容がテクスト全体の翻訳・翻案という形をよくとるのに対し、平安期においては伝奇の表現やプロットの一部を摂取する断章取義の態度が通常であるという相違が明確になった。この相違は、文学テクストの流通範囲や、文学の担い手たる知識人の、漢籍及びその背後にある中国の社会構造に対する理解などが、時代により大きく変化したことを、端的に示すものと考えられよう。
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