2006 Fiscal Year Annual Research Report
スポーツにおける遺伝子技術利用に伴う倫理的諸問題の総合的研究
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18800014
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
林 芳紀 東京大学, 大学院医学系研究科, 科学技術振興特任研究員 (90431767)
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Keywords | ドーピング / 遺伝子 / エンハンスメント / 生命倫理学 / スポーツ倫理学 |
Research Abstract |
本年度は、遺伝子技術を含むエンハンスメント(増進的介入)一般に伴う倫理的問題に関する文献研究と、スポーツ領域における遺伝子技術利用に伴う倫理的問題に関する文献研究を並行的に遂行することで、従来は生命倫理学とスポーツ哲学/倫理学という別個の学問分野の中で議論されてきたこれら二つの問題領域がどのように重なり合うのか、そして、これら二つの問題領域の接触が、スポーツにおける遺伝子技術や増進的介入手段の利用の問題に関して新たにどのような論点を提起しうるのかを解明し、スポーツ哲学関係・生命倫理学関係それぞれの研究会で発表した。 従来ドーピングの主要な禁止根拠として指摘されてきた議論は、大別すれば、ドーピングは治療という正当な目的からではなく、競技能力の向上のために実施される薬物濫用であるという医学的理由、及び、ドーピングはフェアプレーのようなスポーツ精神に反するという哲学的理由に分類される。だが、前者の理由に関して言えば、近年の遺伝子工学や脳神経科学の急速な発展につれ、「治療」と医科学技術の非治療目的使用である「エンハンスメント」の間の明確な線引きの困難さという問題が生命倫理学の中で議論され始めており、この線引きに拠って立つ医学的理由はもはや疑わしいものになりつっある。他方、後者の哲学的理由に関して言えば、近年危惧されている遺伝子ドーピングは必ずしもスポーツ精神に反する「悪」とは限らず、むしろ従来のスポーツ界で暗黙裡に受容されてきた競技者間の遺伝的平等を是正するなど、スポーツを以前よりも公平にする可能性を秘めている。つまり、スポーツへの遺伝子技術の適用の問題は、従来のドーピング問題の延長線上で検討されるべき問題ではなく、むしろエンハンスメント技術が人間の自己認識や価値観をいかに変容させるかという、一層広範な射程の下で議論されなければならない問題である。
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