2006 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
18820003
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
稀代 麻也子 筑波大学, 大学院人文社会科学研究科, 講師 (80431659)
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Keywords | 八詠 / 生命 / 沈約 / 望秋月 / 臨春風 / 詠月 / 詠風 / 東陽太守 |
Research Abstract |
平成18年度は、沈約の代表作でありながら十分に研究されてきたとは決していえない「八詠詩」に取り組んだ。作品そのものを丁寧に読み込んでいく一方で、「八詠詩」と八詠に言及する歴代文人の記述及び関連すると思われる作品を収集し、八詠という言葉がどのようなものとしてイメージされてきたのかを検討した。その結果、歴代文人の意識の中で、八詠は左遷された東陽太守沈約にまつわるもの、隠逸や『玉台新詠』的な雰囲気を纏うものとして漠然とイメージされていること、そして圧倒的多数の読者にとって八詠楼という観光名所を想起させるものとして意識されてきたことが判明した。そのため八詠を題材としあるいは詩題に用いている作品は、沈約の作品に寄り添い忠実に踏襲し展開するというよりは、それぞれの作者の必要に応じて利用されるという面が強い。「八詠詩」は、読者それぞれが自由に引用し利用する素材の集積としての役割を果たしていたのである。「登台望秋月」と「会圃臨春風」と他の六首とで描写に断絶があること、後者については沈約の作であること自体を疑う立場もあることを考え合わせる時に、「八詠詩」の受容のされ方はより一層大きな意味をもっことになる。事実の問題として真の作者が沈約であってもなくても、受容する側においてそのこと自体が必ずしも決定的な事柄とはなっていなかったことを示唆するからである。「八詠詩」が演じてきた役割は、この点で現在の日本における若い人々の創作に果たす先行作品の役割と通じる面がある。素材やイメージの集積として作品をとらえさせてきた「八詠詩」を現在の日本において考察することは、確固たる規範を与えられないが故の生きにくさを抱えてしまった人間の生のあり方を模索する上で非常に有益であり、古典作品が時空を超える超え方の新しい可能性が拓かれたといえる。
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