2019 Fiscal Year Annual Research Report
Medical Thought and Medical Practice in the Cairo Genizah
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18J00369
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
法貴 遊 東京大学, イスラム学研究室, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | カイロ・ゲニザ文書 / アラビア医学 / カラームの学 / マイモニデス / イブン・スィーナー |
Outline of Annual Research Achievements |
該当年度は、1)カイロ・ゲニザ文書に記録された医療実践の研究、2)カラームの学で採用された言語分析の研究という2つの研究を並行して行った。 まず、1)カイロ・ゲニザ文書に記録された医療実践の研究の実績について述べる。カイロ・ゲニザの医学関連文書群の中で、最も多く残存しているものは眼科学関連文書である。この眼科学関連文書群の中から、実際に行われた眼病治療が記録されているノートと書簡を収集・解読し、眼病の診断から目薬の処方に至る治療プロセスを復元した。 この作業を通して、以下のことが明らかになった。まず、実際の眼病の診断は、11世紀から13世紀にかけて権威を持ったアラビア語医学文献に記された診断理論に則って行われていた。診断において眼の症状は、医学文献で列挙された単純な眼病単位の複合体として認識された。診断とは、特定の症状を単純な眼病単位群へと分析・分解することを意味した。次に、目薬の処方に移るが、いかなる目薬が使用されるのかは、先行する診断結果と四性質理論(熱・冷・湿・乾)を考慮して決定される。診断によって、特定の症状が、互いに性質が異なる複数の眼病単位によって構成されていると判断された場合、使用される目薬は、この症状の複雑さに対応するように、四性質のバランスを考慮しながら処方されたことが判明した。 次に、2)カラームの学で採用された言語分析の研究の実績について述べる。11世紀のジュワイニーまでの古典期カラーム(ムウタズィラ学派とアシュアリー学派)の文献を読み、両学派において公式に採用された言語分析の方法について研究した。 この研究を通して、古典期カラームで採用された言語分析が、イブン・スィーナーの論理学に多大な影響を及ぼしていることが明らかになった。イブン・スィーナーは、この言語分析を用いて、医学的命題を分析していたことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
カイロ・ゲニザの医学関連文書の残存数は膨大であるが、研究対象であった眼科学関連文書についてはほぼ読解が終了したと言える。この研究成果は、複数の学会発表とジャーナルへの論文投稿によって形にできた。 本来の研究目的であるカイロ・ゲニザの医学関連文書の研究が計画以上に進展したため、カラームの学における言語分析に関する研究に着手することもできた。この2つの研究は無関係ではない。カラームの学で採用された言語分析は論理学に応用され、その論理学が医学的命題の分析に用いられ、新たな医学知の生成に寄与したのだ。カラームの学の研究という回り道を経由したことで、本来の研究対象の理解がより深まったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、1)カイロ・ゲニザ文書に記録された医療実践の研究、2)カラームの学で採用された言語分析の研究という2つの研究を並行して行う。 1)カイロ・ゲニザ文書に記録された医療実践の研究に関しては、研究対象を眼病から他の症状へと移し、両者を比較することによって、同一の論理が確認できるか否かを調査する。具体的には、カイロ・ゲニザから多く発見されている喘息・発熱関連の文書群を収集・解読する。喘息・発熱の治療の実践が記されたノート・書簡を読むことで、診断から薬品の処方に至る治療プロセスを復元し、この治療プロセスは同時代に読まれていたアラビア語医学文献に記された四性質理論の観点から説明可能なのか否かを判断する。 2)カラームの学で採用された言語分析の研究については、ムスリムによって執筆された文献から、ユダヤ教徒によって書かれた文献の読解に移行する。カイロ・ゲニザには、ユダヤ教徒によって書かれたカラーム写本が大量に残存している。これらの写本群を読解し、ここで採用されている言語分析の方法論を明らかにする。そして、その言語分析と医学的命題の分析方法との間に類似点があるか否かについて考察する。 なお、上述の2つの研究は全てカイロ・ゲニザ文書を用いることになるが、研究に必要な史料は全てオンライン上で閲覧可能であるため、コロナ禍の現状においても従来通りの研究の遂行が可能である。
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