2018 Fiscal Year Annual Research Report
フェムト秒時間分解分光法による有機金属錯体の光触媒機構の解明
Project/Area Number |
18J00623
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Research Institution | Institute of Physical and Chemical Research |
Principal Investigator |
高梨 司 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 特別研究員(SPD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | フェムト秒時間分解分光法 / フェムト秒過渡吸収分光法 / 有機金属錯体 / 光触媒 / 活性発現機構解明 / 分子構造変化 / 電子状態変化 |
Outline of Annual Research Achievements |
採用初年度である本年度は、ジフェニルオクタテトラエン二分子に三核Pd金属部分が挟まれた構造を持ち、その光化学や触媒活性に近年注目が集まっているPdサンドイッチ錯体について、フェムト秒吸収分光測定を実施した。この新規錯体分子系は、ジフェニルオクタテトラエンの配位形式の違いによって二種類の異性体が存在し、光照射によってそれら異性体間の変換反応が起こることが報告されている。交付申請書に記載の通り、有機金属錯体の光励起状態のダイナミクスを明らかにする目的を達するには、まず対象分子の定常状態における構造と電子状態を十分に把握することが不可欠である。そこで、フェムト秒吸収分光の実施に当たってまず紫外‐可視吸収分光測定及び定常蛍光分光測定を適用し、定常状態のキャラクタリゼーションを行った。これらの測定から、上記の二種の異性体がそれぞれ異なるスペクトルを与えることが確かめられた。従って、光照射によって起こりうる異性体間の変換反応はフェムト秒吸収分光測定によって原理的に実時間追跡が可能である。実際にこの分子系にフェムト秒吸収分光測定を適用するに当たっては、溶液サンプルの送液に伴う機械的負荷により錯体分子の分解が起こり、長時間のデータ積算ができないという困難があったが、送液システムを検討することにより同一のサンプルで5倍以上の積算を可能とした。得られたフェムト秒吸収分光測定の結果からは、1.5ピコ秒程度の速い時定数と30ピコ秒の時定数を持つこれまで観測されていなかった高速のダイナミクスを捉えた。さらに、先の送液システムの改良により270フェムト秒の周期を持つビート信号を観測することに成功した。この振動運動が錯体分子に帰属できるとすれば、本測定結果はフェムト秒吸収分光測定により、この新規錯体分子の超高速ダイナミクスを捉えただけでなく、それに付随する分子構造変化までを可視化したと言える成果である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、課題申請時に立案した研究計画に基づき、採用初年度に達するべき以下の項目を実施した。 第一に、各種定常状態分光を駆使したキャラクタリゼーションによるフェムト秒時間分解分光測定を適用する有機金属錯体分子系の選定に向け、ジフェニルオクタテトラエン二分子に三核Pd金属部分が挟まれた構造を持つPdサンドイッチ錯体を対象に、紫外‐可視吸収分光測定及び定常蛍光分光測定を適用してキャラクタリゼーションを行った。これらの測定から、Pdサンドイッチ錯体に存在する二種の異性体が異なるスペクトルを与えることを確かめ、光照射によって起こる異性体間の変換反応を時間分解吸収分光測定によって実時間観測することを目指してフェムト秒吸収分光測定の対象分子系に選定した。 続いて、このPdサンドイッチ錯体を対象とし、受入研究室が保有する超短パルスポンプ‐プローブ測定セットアップをもとにしてフェムト秒吸収分光測定系の構築を行った。最も大きな困難は試料溶液の送液システムの検討であった。この錯体分子は長時間の光照射のみならず試料溶液の循環に伴う機械的摩擦によっても中心金属と配位子の分解が起こり、統計的に十分なデータ取得が困難であった。そこで、送液システムを見直し、ポンピングの方式を変更する改良を行った。その結果、同一のサンプルで5倍以上の積算を可能とし、フェムト秒吸収分光測定を実施可能な測定系の構築を完了した。この測定系を用いたフェムト秒吸収分光測定により、1.5ピコ秒程度の速い時定数と30ピコ秒の時定数を持つこれまで観測されていなかった高速のダイナミクスを捉え、さらには270フェムト秒の周期を持つビート信号の観測にまで成功した。 上記の項目に加え、有機金属錯体分子の励起状態ダイナミクスのより深い理解を可能とするため、ストリークカメラを用いた時間分解蛍光分光測定にも取り組み、遮光フードを備えた測定系を製作した。
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Strategy for Future Research Activity |
研究課題申請時には、人工光合成実現に貢献する二酸化炭素還元反応に有効な光触媒系を対象にフェムト秒時間分解吸収分光測定によって光励起直後の電子状態の変化及びそれに誘起された構造変化を観測することで光触媒活性に寄与する振動モードを同定し、分子構造の動的変化を含めた活性発現機構モデルの提案までを行うことを計画した。これに向け、二酸化炭素還元反応に有効なRu-Re二核錯体に時間分解分光測定を適用したが、その結果から触媒反応自体が起こる時間スケールとフェムト秒時間分解分光測定が対象とする光励起直後から1ナノ秒程度までの観測時間領域の不一致及び反応機構上重要な還元剤との反応ステップのタイミングを光で制御できないという2つの問題に直面した。これを受け、フェムト秒時間分解分光の対象として光励起直後の電子状態及び構造変化を伴うより基礎的な超高速過程に焦点を当てなおし、新たに測定対象を選定し直すという対応策を取ることとした。初年度後半から複数の分子系に対し様々なキャラクタリゼーションを適用し、フェムト秒時間分解分光測定の対象としてまずPdサンドイッチ錯体を選定した。測定結果にはこれまで観測されていなかったピコ秒オーダーの時定数を持つダイナミクスが見られ、合わせて270フェムト秒の周期を持つビート信号が観測された。この結果から次年度はまずPdサンドイッチ錯体を引き続き用い、ナノ秒領域の吸収分光や理論計算を適用して異性体間の変換反応を実時間観測できるかを含め、フェムト秒からナノ秒のダイナミクスを系統的に明らかにすることを目指し、得られた成果の発表を行う。また、光励起直後に観測可能な興味深いダイナミクスを示しうる分子系としてC-H活性化反応に有効な有機金属錯体系を現在検討しており、定常状態分光測定によりフェムト秒時間分解分光測定適用の可能性が明らかとなれば、錯体分子の合成を並行して行う予定である。
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Research Products
(1 results)