2018 Fiscal Year Annual Research Report
パリ国立音楽院ピアノ科における「ジュ・ペルレ」の制度化(1841-1889)
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18J00661
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
上田 泰 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 特別研究員(SPD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ジュ・ペルレ / 真珠 / ピアノ / 演奏様式 / パフォーマンス・プラクティス / パリ国立音楽院 / ピアノ教育 |
Outline of Annual Research Achievements |
「ジュ・ペルレ(仏)」とは、「真珠で飾られたような演奏」を意味し、各音が真珠の首飾りの珠のように粒立ちよく、明瞭な形をとる演奏を指す表現で、フランスの歴史的ピアノ演奏様式と見做されている。平成30年度の課題は、「真珠」関連語の含意を整理し、演奏に関する用法を歴史的視点から把握することであった。そのために、「ジュ・ペルレ」について、1)歴史的フランス語辞典、2)演奏批評、3)パリ音楽院教授による生徒の進捗報告書(1840~50年代)の3種の史料に基づいて、語の用法を横断的に調査した。1)では、17~19世紀のフランス語辞典を対象とし、真珠関連概念を整理し一覧化した。音楽については意外にも、定義・用例に鍵盤楽器への言及はなく、リュートやフルートの急速な演奏についての用例が見出された。2)については、パリで刊行された3種の音楽雑誌について、各誌創刊から1889年までの範囲で網羅的に真珠関連語の用法を洗い出し、「真珠」に形容された演奏媒体、演奏者、演奏表現を形容する修飾語句の一覧を作成した。この一覧の分析から、「ジュ・ペルレ」が必ずしもピアノ演奏にのみ用いられる表現ではなかったこと(声楽に対する用法がはるかに多い)、そして19世紀中葉から、「ジュ・ペルレを」を国民的な(フランス的な)ピアノ演奏様式として認める記述が増加していったことが判った。パリ音楽院で教育を受けたピアノ奏者の演奏は、それを真珠に例える音楽ジャーナリズムを通してフランス文化の「高貴さ」を象徴するシンボルとして機能するようになった。音楽院の内部資料である3)には、真珠関連語は一度も現れない。ただし、優雅さ、明瞭さ、繊細などの音楽雑誌に見出された関連概念は多数見出された。総じて、「ジュ・ペルレ」という表現を「フランス的な」演奏様式として鍵盤楽器に限定的適用する伝統は、ごく浅いことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度の研究は、次の3つに区分される。区分1)真珠関連語の含意、区分2)音楽雑誌を通してみる演奏における真珠関連語の用例と含意、区分3)ピアノ演奏教育における「真珠」イメージの具体化(制度化)。区分1については、予定通り完了した。区分2については、分析対象とした雑誌4誌のうち3誌までの分析が完了した。La France musicale誌の収集と分類は終わっているが、関連語の件数が予想よりも多かったため、分析まで終えることができなかったため、令和1年度の早い段階で分析を終える。申請時に予定していたパリ音楽院ピアノ教授による期末試験報告は、予定通り1840年代・50年代分の史料転写と分析が完了した。他方、試験官による定期試験メモの転写と分析は、音楽雑誌の整理と分析に予想以上の時間を要したため、着手しなかった。しかし、その一方で、令和2年度に予定していたピアノ教本の分析の前半部分の分析を行った。この先取りは、試験官による定期試験メモの転写作業に着手できなかったことを補っているため、全体としては、研究は順調に進んでいるといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
令和1年度の研究は、まず平成30年度から持ち越したLa France musicale誌の分析を完了させる。また、パリ音楽院ピアノ教授による期末試験報告について、引き続き1860年代及び1870年代の転写を完了させ、音楽雑誌上で「真珠」という語や、「真珠」に例えられた演奏に関連する質(均等、明瞭、繊細・・・・・・)がどの程度用いられているのかを分析する。同様に、試験官による定期試験メモの転写と分析も可能な限り進捗させ、パリ音楽院において当時音楽雑誌等で「真珠」と形容された演奏の質が、どのように現れているのかも明らかにする。なお、平成31年度の成果を含む研究内容(特にピアノ教本とパリ国立音楽院ピアノ科期末試験報告書に関連する分析)の詳細は、令和1年度に論文として刊行される予定である。
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