2019 Fiscal Year Annual Research Report
パリ国立音楽院ピアノ科における「ジュ・ペルレ」の制度化(1841-1889)
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18J00661
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
上田 泰 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 特別研究員(SPD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ジュ・ペルレ / 真珠 / ピアノ / 演奏様式 / パフォーマンス・プラクティス / パリ国立音楽院 / ピアノ教育 / 演奏批評 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和元年度は、まず、平成30年度に行ったフランスの主要音楽雑誌における関連使用語彙の分析方法の洗練に努めた。平成30年度に、演奏批評に基づいて真珠関連語を取り巻く語彙のコーパス作成を行ったが、令和元年度は、これを客観的な方法で分析する手法を探究した。その結果、グラフ作成ソフトGephiを用いて修飾・被修飾の関係を可視化し、演奏と種々の概念カテゴリー(希少さ、知性、完全さ、装飾、声楽)との関連を明示することができた。また、19世紀後期には、こうした主要な概念カテゴリーが、「フランス的」なイメージと結び付いたことも示した。この成果は、共著『音楽を通して世界を考える』(2020/3)所収の論文「真珠の比喩と『フランス的』なピアノ演奏様式の成立に関する試論」にまとめた。次に、平成30年度から継続しているパリ音楽院教授の生徒に対する評価書(教授報告)の転写作業は、予定通り1879年までの転写が完了した。これは令和2年度も継続する。この転写したテクストを調べた結果、評価書には真珠の比喩は用いられないものの、それに関連する語彙(明瞭・明晰さ、知性)が現れていることが明らかになった。この成果の一端は『日本チェンバロ協会 年報 2019』所収の論文として発表した。試験官のメモについても、同様の結果が得られた。上記より、「ジュ・ペルレ」という表現は、優れてジャーナリスティックな用語であり、教育においてはその質に関連する語は認められるものの、真珠の比喩自体は教育的文脈においては用いる傾向が認められないことが判明した。 最後に、令和元年度は演奏表現と「真珠飾りのような」演奏の関係を、実践面から検討する調査にも着手した。現時点では、真珠の比喩がしばしば問題となる装飾音とペダルの用法を分析することにより、比喩の対象を具体的に分析できるのではないか、と考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和元年度の研究は全体として、申請時の計画にほぼ沿う形で、おおむね順調に進んだ。以下に、令和元年度の研究で扱った3つの領域における進捗状況を示す。
1. 順調:音楽雑誌を通してみる演奏における真珠関連語の用例と含意・・・平成30年度に残した分を含め、全ての音楽雑誌の語彙分析が完了した。 2. 順調:教授報告の転写作業・・・予定通り、1860年代から1870年代までの教授報告資料の転写が完了した。使用語彙についても、おおまかな傾向の分析も行った。 3. 規模縮小:試験官メモ・・・Henry Fissotによる評価メモの転写(1876年~1886年)を完了。当初は、全ての試験官についてすべての評価メモの転記を行うつもりだったが、演奏の質について具体的に言及している試験官は限られており、全てを転記せず、該当する試験官メモのみの抽出で差し支えないと判断したため、選択的に転写を行う(令和元年度はHenry Fissotによる評価メモの転写(1876年~1886年)を完了した)。 4. 新たな進展:教則本・楽譜における旋律装飾法とその実践的効果の検証・・・批評ならびに音楽院内部の評価文書における特徴的な語彙が、楽譜のどのような部分に対応しているのかを検討することで、録音として残されなかった演奏表現の特徴を明らかにする。当初の計画では、教則本のみを扱う予定だったが、教則本の調査はすでにかなり進んでいるため、音楽雑誌で真珠に喩えられたピアニストが演奏した作品も含めて、装飾とペダルの関係に注目しながら「ジュ・ペルレ」の具体的な実践的特徴を整理する。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度は、次の3点について、研究を推進する。 1)パリ音楽院教授の生徒に対する評価書(教授報告):研究対象とする期間の最後にあたる、1880年代の教授報告の転写作業を完了し、1840年代から80年代までの語彙の傾向を全体的に分析する(語の出現頻度に基づく分析)。 2)試験官メモ:定期試験に立ちあった試験官のメモについて、演奏の質について具体的に多く言及している試験官のメモを転写し、1)と同様、使用語彙の出現頻度を分析する。 1)、2)に基づき、音楽雑誌の演奏批評において、真珠の比喩に関連して用いられた演奏の質に関する用語と比較し、音楽院の教育が目指したピアノ演奏の質的な側面をあぶりだす。 3)平成30年度の音楽雑誌調査において、真珠に喩えられた演奏家たちが演奏した作品の一覧を作成し、令和元年度、フランス国立図書館でそれらの楽譜の収集を行った。これらの楽譜や、パリ国立音楽院教授たちの教育的な作品を手がかりに、とりわけ旋律装飾とペダルの用法についての研究を進める。とくにダンパーペダル(弦を押さえるダンパーを上げ、全弦を響かせるペダル)は、音を意図的に濁らせたり、クレッシェンドの為に使用されるが、反対に用いなければ、細かく明瞭な音を聴かせることができる。細かい装飾音とペダル記号の関係に注目することにより、どのように、また楽曲のどのような構造的位置で、細かい音符を粒立ち良く響かせたのかが、ある程度、見えてくるだろう。また、この視点から、聴衆がピアノ曲ないし声楽を聴く際、どのような場面で「ペルレ」な質を期待したのか、ということも明らかになるだろう。最終的に、この調査を音楽院の教育メソッドのおける演奏の理想、音楽雑誌におけるフランス人演奏家の演奏評と突き合わせることにより、教育とピアニスト、聴衆が「フランスな演奏」というイメージを互いに形成しあっていたという仮説を論証できると考えている。
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