2018 Fiscal Year Annual Research Report
近代建築思想のグローバル・ヒストリー:様式観の対立と綜合の過程に関する研究
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18J00665
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
江本 弘 千葉大学, 大学院工学研究院, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 近代建築史 / 世界史 / 歴史様式 |
Outline of Annual Research Achievements |
本第一年度においては、主にスイスおよび、スイス近隣国のドイツ、フランス、イタリア史料を収集した。申請時点で現地調査とした史料調査は主に、日本学術振興会若手研究者交流事業スイス枠による中期滞在中に行われたものであり、派遣機関であるスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)建築学部図書館の蔵書探索を中心とした。スイスで閲覧不可のヨーロッパ雑誌史料については、フランス国会図書館において追加調査を行った。 その他の現地調査としてブラジルで史料調査を行うとともに、現地にて、現在入手可能なブラジル近代建築史書を収集した。このブラジル調査は特に、ジョアン・フィルゲイラス・リマ設計によるサラ病院(サンパウロ)の現地視察を兼ね、元事務所所員へのインタビューを行った。 収集した史料からは、とくに1930年代以降にかんしては、当時の建築論壇の世界的情報ネットワークを知るには、ラスキン受容以上に日本建築受容が指標として有効であることが判明した。そのため、特にこの論題に関係する史料をとりまとめ、現在そのうちのいくつかのトピックを論文化している。これらは日本に所蔵のある史料と対照させたのち、『日本建築学会計画系論文集』およびJournal of the Society of Historiansに投稿する。なお、遂行研究の一部である、日本伝統建築の様式観にかんする国外受容については、パリ社会科学高等研究院で開かれた国際ワークショップ"Japan in Global History Debates"において発表を行った。 また、戦前・戦後建築史を世界史的に接続する論点として、「ニュー・ブルータリズム」の論壇史をみいだし、先行研究の網羅的把握と史料収集に努めた。 一方、ラスキン受容史研究を媒介とした近代建築の世界史研究の可能性については、『建築史学』第71号(2018年9月)に掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本第一年度においては、本研究課題と並行して単著の編集作業を通年で行っており、この作業との兼ね合いから当初計画の調査研究に割ける時間が予定より少なくなった。この単著は『歴史の建設ーアメリカ近代建築論壇とラスキン受容』(東京大学出版会)として3月に出版された。 申請時には、第一年度終了までに査読論文の投稿を終えている予定だったが、そのための調査・執筆に割ける時間を十分にとることができなかったために、現在では下書きの段階である。また、論文の内容も日本史料と照合する必要があるものであり、若手研究者交流事業スイス枠でヨーロッパに中期滞在しているあいだには投稿可能な状態にはなりえなかった。一方で、進捗中の研究を国際ワークショップで発表(本文配布)し内容を議論する機会をえた。 史料調査にかんしては、若手研究者交流事業でETH Zurichに半年間滞在できたことから、同研究機関に所蔵されたスイスおよび近隣諸国の雑誌・文献資料を効率的に収集できた。これらには執筆中の査読論文にすでに用いられているものもあれば、最終的な単著出版のための史料として逐次組み込んでいっているものもある。 本研究課題全体を俯瞰してみるならば、やむをえない遅延はあったものの、それ以外の点については順調な進捗であるといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
本第一年度の研究で明らかになった内容から、第二年度以降にとりうる史料調査の概略は以下のようになった。すなわち、1900年以前の史料の分析・追加調査は地域史的観点から近過去に向かい、1960年代末以前の史料は世界史的観点から遡行的に過去に向かう。これは、19世紀の各地の論壇が、その外との情報ネットワークを有していながらなおその広がりが限定的であったこと、また逆に、第二次世界大戦後の論壇の情報ネットワークが航空機の発達により格段の拡がりをみせたことと対応する。近過去に向かう編年的研究が時代を下るにつれ地域史から世界史に開かれていくのに対し、近過去から遡行していく方向の研究は次第に地域史へと回帰する。地域史であり、かつ世界史である本研究にとって、この二方向の研究の往還は、計画全体のバランスのために重要な視座であることに思い至った。 ただし、1960年代に世界的ネットワークとなった建築論壇の成立過程を概観するためには、当座必要となってくるのは後者の遡行的研究であり、第二年度の研究の比重がおかれる。冷戦などによる情報ネットワークからの疎外の事例も含めて、この仮想的「終点」にいたる論壇形成の実態を明らかにする。本研究が直接的対象とする「様式観の受容史」からそれを解き明かすにはサブ・トピックが必要だが、第一年度に「日本建築受容」および「ニュー・ブルータリズム論壇史」という、個別かつ世界史的・地域史的両側面をもつ研究論題を見いだした。これらのトピックに関する史料収集は本来的に一国にとどまりうるものではなく、研究の進展とともに研究計画全体の見取り図を浮かび上がらせる。この史料収集は演繹的性質が強く、調査地を事前に予測することが難しい場合があるが、2週間程度の短期調査によって適宜対応する。第二年度は特に、スイス拠点では行いづらかったオーストラリア史料の探索に力をいれる。
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[Book] 歴史の建設2019
Author(s)
江本 弘
Total Pages
472
Publisher
東京大学出版会
ISBN
9784130668583