2019 Fiscal Year Annual Research Report
近代建築思想のグローバル・ヒストリー:様式観の対立と綜合の過程に関する研究
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18J00665
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
江本 弘 千葉大学, 工学研究院, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 近代建築史 / グローバル・ヒストリー / ジャポニズム |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究は大きく、①吉田鉄郎研究、②「シブイ」世界受容史研究、③「ジャポニカ」論争研究、④(ニュー・)ブルータリズム史研究に分かれる。近代建築の様式論争には、欧米諸国の諸様式の枠をこえ、日本建築というあらたなモデルをどう組み込むか、という懸案があった。 ①に挙げた吉田鉄郎研究は、こうした戦後ジャポニズムにいたる前史をカバーする目的で行われたものである。本年度前半には、前年のETHZ調査の収集成果をはじめとして研究のとりまとめを行った。その成果を《吉田鉄郎の近代:モダニズムと伝統の架け橋》展に発表する機会を得た。 ②に挙げた「シブイ」Shibuiは一般に、1960年に米『ハウス・ビューティフル』誌での特集を機に世界中の認知をえたとされる。本研究ではこの一般的理解を疑問視し、世界各国の文献資料を可能な限り悉皆的に収集し、日本国外への「シブイ」の伝達経路を辿った。この「シブイ」が、古典とゴシックの統合の論理とされた事実は重要な発見であった。この研究の一端は査読論文として掲載された。 ③では、②において「日本人が使わない日本建築の形容詞」を扱ったのとは逆に、「日本人以外が使わない日本風建築の形容詞」の受容史をテーマとした。ジャポニカ論争には、「シブイ」がゴシックとクラシックの統合として捕えられた過程と、日本国内における縄文弥生論争との同時代性・並行性と、それらのなかでとらえられた「日本的なるものの国際性」の差異を浮かび上がらせる。 ④の(ニュー・)ブルータリズム研究は、イギリスのニュー・ブルータリズム運動を、こうした戦後ジャポニズムを背景に再考するものである。同運動の日本建築受容としての側面を研究し、その概略をDoCoMoMo2020のポスターとしてまとめた。なお、イギリスのニュー・ブルータリズムもまた、幾何学的古典主義リバイバルからの離脱であった側面があることが特筆される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該研究の研究目的は様式観の世界史的展開の解明である。この議論について、特に第二次世界大戦、そして終戦にともなうグローバリズムが大きな変容を促したことが明らかになっている。そのなかで「日本」は大きな重力場となった。2019年度研究では、戦前の前史をふくめたこの「日本建築受容のグローバル・ヒストリー」が、当該研究をとりまとめるさいの具体的テーマであることを確認した。その結果研究対象は当初計画(1900年頃~)と異なり1920年末以降の特に1950年代、60年代を中心とすることとなった。ただし、それ以前のいわゆる「近代建築の黎明期」に関しては、当該年代における歴史記述を問題にするという点で引き続き対象である。 個別のトピックに関して、ETHZでの吉田鉄郎調査・研究が展覧会のパブリックな場で発表されたことは大きな意義をもつ。これは本研究の前史にあたり、脱日本中心(疎外)史観の新たな近代建築の世界史観が示されている。 2018年度に開始したニュー・ブルータリズム史研究が、「日本建築受容」の枠内に包摂されたのは研究の大きな進展である。各地のジャポニズムは相互に干渉しあい、地域の論壇をこえて様式論争を繰り広げる。査読論文として掲載された「建築語彙としての「シブイ」受容」は、「日本的なるもの」の受容史が、日本さえ含まない場合がある脱中心的なグローバル・ヒストリーとなることを示した。 国際的建築論壇の情報ネットワークの解明について、「ハワイ」というノードが見つかったのも大きな進展だった。ハワイの近代建築史はこれまでローカルな文脈でのみまとめられてきており、かつ文献史料の読解は近年まで手付かずの状態であった。戦後建築界のアメリカニズムとジャポニズムの世界的伝播の過程を明らかにする上で、ハワイ現地の文献調査は重要だった。この調査の一端を現在、「ジャポニカ論争」の論文としてとりまとめている。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の全体像はおおよそ固まっており、書籍化にあたっての目次案も組みあがってきている。そのなかで「桂離宮受容のグローバル・ヒストリー」は史料収集も順調なので早期に論文化が可能だと考える。 本研究でウエイトを占める中トピックである「日本建築史の世界史化過程」研究については、これを十分に深めるには史料のデータ分析手法の開発が不可欠である。技術開発を目的とする若手研究「近代建築史の世界史的方法論に関する基礎的研究」と並行して、2020年度中盤までには研究成果像の具体化をはかる。 コロナウイルスによる国外渡航難は本研究にも大きな影響を及ぼす。2020年度研究では前半にオーストラリアおよび南米(ブラジル・メキシコ)の調査を考えていたが、現状ではこれはあきらめざるをえない。こうした国々の史料(建築・美術雑誌史料)は電子化されていないか、日本国内からのアクセスができない場合が多い。ただしこれらの地域の史料は研究のとりまとめには必要である。現地調査不可の場合を見越して執筆をすすめておく。
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