2018 Fiscal Year Annual Research Report
震災遺構を巡る復興まちづくりの社会学的研究―漁村の論理を軸にしたアプローチ―
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18J12564
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
坂口 奈央 東北大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2) (10838212)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | 震災遺構 / 漁村の論理 / 大槌町 / 旧役場庁舎 / 観光船はまゆり / 恥 / 鎮魂 / 観光 |
Outline of Annual Research Achievements |
報告者の研究目的は、東日本大震災における震災遺構を巡る住民間の対立で顕在化する漁村の論理を、地域社会構造から解明し、震災遺構を復興まちづくりに活かす方策を探求することである。 始めに、岩手県大槌町の旧役場庁舎を巡り、全般的に解体を望む住民の声が多数を占めていた中で特色的だったのが、解体を望む人60代以上の男性ほどその理由を「恥」という象徴的な言葉で説明した。そこで60代男性にターゲットを絞り、聞き取り調査を実施した。その結果、60代男性の体験には、遠洋漁業を基盤とした生活が根こそぎ変わる体験と、それに伴う町に対する誇りや挫折の経験から生活を維持するための覚悟を強いられてきたことが伺えた。震災後の復興過程は、新しい町に生まれ変わる契機だったが、旧役場庁舎で40名の職員が犠牲になったことや、解体を巡り行政の不手際が露呈し、震災遺構という概念の中で論じられたことから「恥」と表現していた。 次に、民宿の上に観光船が打ち上げられ印象的な光景で注目を集めた岩手県大槌町赤浜地区では、観光船復元の意義を巡り地域を二分する対立が起きた。対立の直接的要因は、地元婦人会のメンバーが協議会の場で、「観光」や「雇用創出」を主張したことにあった。聞き取りの結果、婦人会の主張には、遠洋漁業が盛んだった時代に、女性が漁村活動を主体的に担う性別役割分業と活動への自負があった。婦人会メンバーは、生と死が隣り合わせにある日常生活にあり、経済的な自立や、念仏講など地域活動を精力的に行うことで乗り越えてきた。婦人会は、地域活動に対し主体的だったからこそ震災前の交流人口や地域経済に危機意識があり、地域再生を模索していた。特に、震災遺構の対象が船だったことは、漁業で繁栄した時代の生活経験をの漁村の中心にあった婦人会メンバーにとって、震災遺構を観光や雇用創出の手段として活用することは、自明の理でもあった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
まず、震災遺構ならびに漁村社会学における先行研究の検討について記す。災害遺構に関する先行研究は、当初外部者による保存を前提とした価値が議論の大半を占めていたが、東日本大震災発災からの時間の経過とともに、被災地域住民の葛藤に着目し、集合的記憶という概念から、人びとの記憶が地域再生という方向に向けて取捨選択されていく理論展開がみられる。また漁村社会学の先行研究では、漁業形態が大きく変わる1970年代以降の発展がみられない点、またその分析対象は、漁場の管理や漁獲配分に伴う社会的かつ経済的な階層性とその役割といった海上での生産構造にとどまっている。漁労形態によって規定された漁村内部における生活経験に起因する漁村の論理が解明されていないことが明らかになった。このうち、漁村で特色的な地域社会構造の一つである、性別や年序別の集団系列が明確かつ階梯的に存在する点(竹内利美1991)に着目することで、災害遺構に対する漁村の論理の特性や、どのような属性によってどのような社会的背景を基に形成されたものか、分析枠組みとしいる。 つづいて実証研究として、大槌町における2つの震災遺構(旧役場庁舎・観光船はまゆり号)のあり方を巡る被災地域の住民への聞き取りは、これまで総数250名以上に達した。この中で、震災遺構に対する被災住民のまなざしに1つの傾向がみられた。それは、漁業による社会変動(1970年代のオイルショックや200海里制限設定など)によって生活が根こそぎ変わる経験をした共有体験がある世代による、災害遺構に対する言い分であった。災害からの復興過程では、生活経験の共有された世代ごとによる言い分の違いが見られたという点は、大きな発見であった。
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Strategy for Future Research Activity |
実証研究の中で明らかになった、災害遺構に対する言い分には世代ごとの特色があるという点については、「ライフコース分析」を引用し、さらなる研究を進めることとしている。このライフコース分析(=生活史を基に年齢別に分化した役割と出来事をたどるライフコース分析(Elder1977))を進めるにあたり、これまで実施してきた聞き取り内容を、さらに具体的なものにする必要がある。それは、災害前の生活経験に起因する漁村の論理を構造的に分析するためで、被災住民個々の生活史調査(ライフヒストリー)を積極的に取り入れることである。これまでの研究では、住民の生活史にまで降り立った聞き取りを明示的に採用していなかったため明確な分析に欠けていた。そこで、社会的な出来事が世代間関係にどのような影響を与えたのかを個別の事例からトピックごとに整理し、時系列に並び替えることで、災害遺構に対する漁村の論理を、より明確に分析することができる。 また、災害遺構に対する集合的記憶概念の再考が必要である。集合的記憶概念は、社会的相互行為によって形成される(Halbwachs1950)。災害遺構研究ではこの概念について、非日常における被災地域住民の記憶が揺れ動く中で、「人びと」が生活を再構築し、地域社会を活性化させるために必要な記憶を取捨選択する変容性をもつ理論として一般的である。災害遺構をこうした長期的変容から捉える際の重要な理論として踏まえた上で、本研究では、災害前も含めた被災地域住民による生活経験のリアリティを分析することで、集合的記憶概念の内実をより実証的に解明することを試みる。概念の再検討にあたり、漁村での具体的な生活実践の積み重なりによる生活経験が「人びと」によって形成される「言い分論」(鳥越皓之1989)に着目し本課題解決にアプローチする。
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