2018 Fiscal Year Annual Research Report
石筍の凝集同位体と流体包有物分析による北西太平洋域の定量的古気候復元
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18J13186
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
雨川 翔太 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | アジアモンスーン / 石筍 / 酸素同位体 / 凝集同位体 / ウラン-トリウム年代測定法 / 氷期ー間氷期 / トゥファ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、アジアモンスーンの両端に位置する日本と熱帯地域から採取された石筍を分析することで約15万年前から約1000年前までの陸域におけるアジアモンスーン挙動とそれに伴う古環境変動を明らかにすることを目的としている。 (1)三重県霧穴洞窟、(2)新潟県福来口洞窟、(3)静岡県竜ヶ岩洞、そして(4)クリスマス島の洞窟から採取された石筍の酸素同位体比(δ 18O)を分析した。 また、本研究では気温変化が石筍のδ 18Oに与える影響を評価するために、気温の指標となる炭酸凝集同位体温度計という手法の適用を試みた。重い同位体同士が結合した凝集同位体の存在度は、熱力学的により安定であるために理論値よりも実測値が高くなる。この異常値(Δ47)から絶対温度の復元が試みられているが、復元には絶対温度に変換するための計算式を作成する必要があった。これを解決するために合成炭酸塩、及び石筍と形成機構が似ているトゥファ(天然の炭酸塩の一種)の分析を行った。トゥファ試料採取地から水温などの環境指標が詳細に測定されており、Δ47と比較することで新たな換算式を導入することができた。この成果は国内の複数の学会で発表するとともにGeochimica et Cosmochimica Acta誌に共著として掲載された。 別の主要な実績として(1)から採取した石筍の結果が挙げられる。過去8万年のδ 18O記録から、氷期と間氷期とのδ 18Oの差分は気温変化のみでも説明しうることが明らかになった。付近で採取した雨水のδ 18Oは降水量と相関を示しておらず、この石筍のδ 18O変動は従来考えられてきた降水量変化ではなく、主に気温変化に支配されていることが示唆された。この結果は共著としてQuaternary Science Reviews誌に掲載された。予察的なΔ47結果はこの説を裏付けている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述のように、合成炭酸塩とトゥファの凝集同位体を測定することで凝集同位体と絶対温度の新たな関係式を導入することに成功し、これを国際誌で発表している。この計算式の導入は石筍のΔ47から気温変動を復元する際に必要不可欠なものであり、石筍による古環境変動復元という目的を達成するための大きな足がかりとなる。 また(1)の結果から一報が国際誌に掲載されている。現在Δ47を測定中であり、予察的な結果は先の論文で示した仮説を裏付けている。同じ洞窟から採取された別の石筍の年代決定・δ 18O測定・Δ47測定も進行中であり、古環境記録の時間軸をさらに拡大させることができている。 (2)から採取された石筍の先行研究は、この洞窟の石筍δ 18Oは冬の降水量とよく一致しており、冬モンスーンの指標として扱えることを示唆している。本研究は同じ洞窟の別の石筍を分析し、石筍δ 18Oが最終氷期においてより軽い値をとることを示した。気温によるδ 18Oへの影響を加味すると、これは冬モンスーンの強度変化のみでは説明しきれず、日本海表層における淡水塊の形成を示唆している。この強い成層化の開始時期は従来の考えよりも早かった可能性があるという新たな知見を提示することができた。現在この結果をまとめた論文を準備している。 (3), (4)の石筍の分析も順調に進んでいるほか、テラヘルツ分光法を鉱物組成の特定に応用する技術についての共著論文を国際誌ACS Omegaに発表した。 当初の予定では今年度にスマトラ島で試料を採取する予定であったが予算と時間の都合上断念した。その代わりに扱った(2)の石筍で上記の結果を出したこと、および他の研究者と交渉し、スマトラ島の南に位置するクリスマス島の石筍を譲ってもらうことで当初の計画を遂行可能な状況にしたことを踏まえると、予定の変更はあるものの研究は順調に進行していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は予察的な結果を得ている(1)の石筍のΔ47分析を完了させることで、石筍δ 18Oが気温変動に支配されているという仮説の検討を進める。また、すでに測定してある炭素同位体比や微量元素変動の結果を合わせて考察することでより詳細に古環境を復元することを目指す。 (1)の分析が完了後、(3), (4)の石筍の分析に取り掛かる。それぞれ年代モデルは大筋で固まっているがより細かい年代測定が必要である。特に(3)の石筍は一部でウラン濃度が1ppm以上と高濃度であるため、通常よりも高精度な年代測定が可能であることが判明している。これを適用すれば、例えば10万年前の誤差が約100年と通常よりも1桁以上高い精度で年代を決定することができる。すでにいくつかの層準で適用済みであり、実際に高精度で測定できている。今後はさらに多くの層準で測定し、従来よりも高解像度の古環境復元を目指す。並行してδ 18O分析・Δ47分析も行う。2018年度にδ 18O分析は進行しており、(4)の石筍は2mm間隔の分析はすでに終えている。まだ検討中の段階ではあるが、(4)の石筍は成長速度が大きいため、2mm間隔の分析結果で十分な解像度を持っている可能性が高い。その場合Δ47分析へ移行する予定である。 流体包有物測定はΔ47分析まで終えた試料のうち、有望な試料を選別して行う予定である。2018年度にもこの測定を行う予定ではあったが、分析に必要な前処理で試料が大きく破損されることが予想された。したがって予定している他の分析を優先することが望ましいと考え分析を延期していた。2019年度にはいくつかの試料は他の分析が完了する予定であるため、終わり次第流体包有物測定に取り掛かる。 得られた結果からアジアモンスーンの挙動とそれに伴う古環境変動について考察し、国内外の学会や国際誌において発表する。
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Research Products
(10 results)