2018 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
18J13232
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
室谷 悠太 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | 半導体 / 励起子 / ドレスト状態 / 電子正孔BCS状態 / 量子凝縮 / 非線形光学応答 |
Outline of Annual Research Achievements |
半導体中の励起子は電子と正孔が結合した粒子であり、低温においてボース・アインシュタイン凝縮(BEC)を起こす。密度が高くなると励起子は不安定化して解離するが、極低温では弱い結合を回復し、凝縮して電子正孔BCS状態になると考えられている。これらの量子凝縮相を実現するために、従来は高温の電子正孔系を生成してから冷却するという方法が取られていたが、実際に転移温度まで到達するのは困難であった。しかし、量子凝縮相における秩序変数はバンド間遷移の電気分極であり、直接遷移型半導体においては光と結合していることから、コヒーレントな光の照射によって直接量子凝縮相を誘起できる可能性が提案されている。さらに電子正孔対の密度は光強度によって制御できるため、BEC領域からBCS領域にわたる広範囲の量子凝縮相を系統的に実現できることも期待される。
本年度は、そのような光による量子凝縮相の生成を探索するために、バルクGaAsに対して近赤外のポンプ-プローブ分光を行った。この際、コヒーレントな電気分極を効率的に誘起するために、大きな遷移双極子モーメントを持つ1s励起子を共鳴的に励起した。この結果、比較的弱い励起強度においては吸収線の分裂が観測され、二準位系でよく知られるドレスト状態の一種として理解できることがわかった。一方で励起子が不安定化するような高密度励起に到達した場合には、単純なドレスト状態とは異なる非自明な応答が観測された。この実験結果を微視的な理論と比較することで、強く励起したときの電子正孔対は励起子的なものではなく、超伝導に見られるクーパー対に類似した波動関数を持つことがわかった。このことは、励起強度の増大に伴い、光励起される電子正孔系がBEC的な状態からBCS的な状態へと移り変わっていることを示している。以上の結果は光による量子凝縮相の誘起と制御の可能性を強く示唆するものであると言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
計画通りに実験を遂行し、当初の期待を支持する結果が得られたからである。実験においてはバルクGaAsを対象とした近赤外ポンプ・プローブ分光測定を実施した。その結果、励起子を共鳴的に励起してモット密度を超える領域に達すると、励起子という基底を使って理解できるドレスト状態からのずれが生じ、BCS的な電子正孔対相関を考慮することが欠かせないことが示唆された。ここで、励起子モット転移との関係を定量的に考察することができたのは、近年発達したテラヘルツ分光法による励起密度の評価を取り入れたおかげである。また、実験の過程で直面した障害はいずれも成功裡に解決することができた。例えば、本研究ではポンプ光とプローブ光の波長が縮退しているため、ポンプ光の散乱光を測定結果から除去する必要があった。これはプローブ光に比べてポンプ光が何桁も強く、しかも両者がほぼ同時刻に同じ偏光で入射するような本研究の実験配置では困難な問題である。しかし、試料を透過したプローブ光を一度ピンホール上に集光し、通過させる空間フィルターを用いることで、検出器に入る散乱光を格段に減らすことに成功した。その上で散乱光自体をバックグラウンドとして測定結果から差し引くことで、散乱されたポンプ光による影響を完全に消し去ることができた。また、微視的な理論に基づいて数値シミュレーションを実施し、実験結果と比較することで、光駆動された半導体の状態を電子正孔BCS状態と関連付けて理解することに成功した。従来の研究においては、過渡吸収スペクトルで観測されるドレスト状態と理論的に予測される光誘起凝縮状態との関係は深く検討されていなかったが、本研究において実験と理論を比較したことにより、これら二者の密接な関係を明瞭に示すことができたと考えられる。以上の結果は本研究の順調な進展を証するものである。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究では、バルク半導体の過渡吸収スペクトルの測定を通じ、電子正孔BCS的な対相関の形成を間接的に示唆する結果が得られている。しかし、より直接的に電子正孔BCS状態との関連を議論するには、純粋な電子正孔BCS状態の秩序変数である電気分極を直接観測することが欠かせない。そこで次年度は四光波混合を用いた測定を行い、電気分極に関わる情報を直接得ることを目指す。まずは基本的な縮退四光波混合の測定により、光誘起された電気分極の緩和時間を調べる。この際、低密度のBEC領域から高密度のBCS領域への移行を詳細に検証するには、励起光強度に対する依存性を知ることが肝要である。しかし、従来の縮退四光波混合による研究では、非線形分極を作る二つのパルスのうち一方の強度に対する依存性はあまり注目されてこなかった。そこで、まずは幅広い励起強度に対して四光波混合信号を観測できる手法の確立に努める。特に大きな励起強度を確保するには繰り返し周波数の小さな光源を使わざるを得ず、信号が小さくなることが予想されるため、高感度の検出器を利用する予定である。次に非縮退四光波混合の一種であるコヒーレントアンチストークスラマン分光法を用い、過渡的な励起準位の構造を観測することを目指す。すなわち、二色の狭帯域パルスを用意し、一方のパルスで励起子を励起して光ドレスト状態を形成したのち、両方のパルスによる誘導ラマン散乱を観測することで、BCS的なギャップ構造の観測を試みる。そのためには二つのパルスの波長を独立に制御することが求められるため、パルス整形のための4f光学系を増設する。また、二次元系においては理想的な長距離秩序が許されないことが知られている。そこで、バルク試料において観測されたBCS的な対相関を量子井戸構造において検証することで、半導体中の量子凝縮相についてさらに理解を深めることも計画している。
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