2018 Fiscal Year Annual Research Report
環境DNAの正体や動態に関する知見の集積、および放出後時間推定手法の開発
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18J20979
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
徐 寿明 神戸大学, 人間発達環境学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | 環境DNA / FISH |
Outline of Annual Research Achievements |
環境DNAの性質や動態などの基礎的知見は、環境DNA技術の発展の根幹をなす情報であるにも関わらず、そうした基礎情報の蓄積は未だ十分でない。特に、環境DNAの由来や状態に関する研究は圧倒的に不足しており、本技術における最も重大なブラックボックスとなっている。「私たちが環境DNAと呼んでいるものは何なのか?」 この問いに答えるために、本研究ではFluorescence in situ hybridization (FISH) 法を用いた、魚類環境DNAの視覚化を試みた。これまでの主な研究状況は以下の通りである。(1) 海産魚のマアジ (Trachurus japonicus) の核ゲノムを対象とした蛍光染色 (genomic-FISH; GISH) に取り組み、組織サンプルおよび飼育水サンプルで成功した。(2) モデル生物のゼブラフィッシュ (Danio rerio) の組織特異的に発現するmRNAを対象としたFISH染色に取り組み、組織サンプルで成功し、飼育水サンプルで現在実験中である。
本研究の意義は、環境DNAの基礎的な知見を得るために、環境DNAの状態を直接観察しようとする試みにある。PCR法に基づく環境DNA検出では、環境DNAの在不在や量に関する定量的な情報に対して、その生理学的な由来や物理化学的な状態などに関する情報を得ることはできない。FISH法を始めとした蛍光染色は、こうした定性的な情報の理解を可能にすると共に、環境DNAの放出・分解メカニズムの解明にも貢献できる。したがって、環境DNA技術に基づく生物モニタリングの結果の信頼性や解釈に大きく影響しうるという点で、本研究は極めて重要であるといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
(1) マアジの核ゲノムを対象とした蛍光染色 (genomic FISH; GISH) を行い、水中での魚類環境DNAの残存状態の一端の解明に取り組んだ。Nick translation法を用いたマアジの組織DNAへのラベリングにより、マアジの核ゲノムに特異的な蛍光DNAプローブを作製した。そして、マアジの飼育水をフィルターろ過し、そのろ過フィルター上の環境DNAに対してGISH染色およびDAPIの対比染色を行った。蛍光顕微鏡による観察の結果、飼育水中のマアジ核ゲノムのサイズは、直径5-10 um程度であることが分かり、組織サンプルを対象としたGISH染色でも同様の結果が得られた。間期における魚類の核としては標準的な粒子サイズであり、環境中でも一部の核DNAはゲノムサイズの状態で水中に残存していることが明らかとなった。
(2) ゼブラフィッシュ (Danio rerio) の組織特異的に発現するmRNAを対象としたFISH染色を行い、魚類環境DNAの残存状態および生理学的な由来の解明に取り組んだ。先行研究から、対象種の脳、鰓、腸管、表皮、筋肉で特異的に発現する遺伝子領域を選定し、in vitro転写反応を用いた逆転写産物へのラベリングにより、ゼブラフィッシュの各組織に特異的な蛍光RNAプローブを作製した。そして、ゼブラフィッシュの組織サンプルを対象にこれらプローブを用いたFISH染色を行った。蛍光顕微鏡による観察の結果、対象のmRNAは核の周囲の細胞質に広く分布しており、細胞膜を直接染色せずとも、間接的に細胞膜の有無を確認することができることが分かった。今後、飼育水サンプルを対象とした実験に移行予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究から、魚類の核DNAおよびその転写産物の蛍光染色に関する実験プロトコルを確立させることができた。最終年度である今年度には、これら実験技術と、生菌・生細胞を特異的に検出するviability PCR法を組合せることで、生細胞として水中に残存する魚類環境DNAの定性的・定量的評価を行う。環境DNAの正体は未だ明らかでないが、これまでの間接的な示唆から、細胞や組織片から細胞外DNAまで、そのサイズおよび状態は多岐にわたると考えられている。この内、生細胞 (細胞内DNA) として存在する環境DNAは、より劣化の進んでいない遺伝情報を保持していることが想定される。すなわち、こうした「細胞内」環境DNAの性質・動態を理解すると共に、こうした環境DNAを選択的に回収することができれば、水サンプルから得られる生物情報の質を向上させることができると考えられる。今後の研究では、複数の孔径サイズのフィルターを用いた連続ろ過により、ゼブラフィッシュの環境DNAを幾つかのサイズ画分に分離して回収する。そして、それぞれの画分に対してviability PCRを行い、生細胞が集中的に検出されるサイズ画分を特定する。これにより、FISH染色の実験効率のさらなる改善が期待できる。FISH染色では、核DNAとmRNAの同時蛍光染色を行うことで、ろ過フィルター上の対象種の核ゲノムおよび細胞膜の有無を観察する。
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