2018 Fiscal Year Annual Research Report
近代イギリス哲学における自由思想運動と感情主義倫理学――ロックからシャフツベリへ
Project/Area Number |
18J22823
|
Research Institution | International Christian University |
Principal Investigator |
菅谷 基 国際基督教大学, アーツ・サイエンス研究科, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
|
Keywords | 自由思想(free-thinking) / 道徳感覚(moral sense) / 自己愛(self-love) / 利己心(selfishness) / 誠実さ(honesty) / 無私性(disinterestedness) / 近代のヘレニズム受容 / ジョン・ロック以降 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究成果は以下の通りである。 【1. ロックにおける主意主義と無私性の問題】ロックの『人間知性論』は、道徳的な善を行為の価値ではなく、行為が因果的にもたらす利益の価値とし、それを法学的・外面的に理解している点や、また、意志決定理論においても、最大の幸福を量的に比較可能なものとして考察している点で、主意主義的・ホッブズ主義的な要素を残している。他方、この要素には特殊な神学的ないし経験論的修正が加えられており、恣意的な権力と結びつく可能性はそれに応じて限定されていると考えられる。また、ロックの『教育に関する考察』の賞罰論は、子供に賞罰や名誉不名誉の価値ではなく行為自体の価値を認識させるものと捉えられる箇所があり、ロックにおける無私性の言語化を考察する上で重要である。 【2. 近世における学問の権利と言論形態の分析】17-18世紀イギリスの学問の機会(初等教育および高等教育)には様々な制約や差別が存在しており、とりわけ18世紀のイングランドの大学では階級・政治・宗教・性別に基づく制約が学問の実態を特徴づけていた。この時期に高等教育に関する根本的な社会改革が行われることはなかったが、他方で、哲学者や文人によって、哲学の主体を教会や大学の外部に求めるという主張が展開されるようになる。哲学の新しい主体として注意を向けられたのは、女性一般(アステル)、政治家や軍人(シャフツベリ)、都市民(アディソン)であり、その一部はより平明な形態の言論(随筆、会話)の擁護と結びついていた。この研究成果は、学問の自由を擁護する自由思想運動と対立していた具体的な制約の実態を明らかにするものである。 【3. 次年度の計画に関わるその他の論点】次年度の研究計画に引き継がれる論点としては、自由思想運動や道徳感覚理論における古典受容の性格の分析や、当時の証言論における証言の信頼性の表現の分析などが挙げられる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在までの進捗状況としては、人物と著作を軸とした分析から文脈や主題を軸とした分析へと移行している点でアプローチの変化があった(ただし、研究対象や研究目的に変更はない)。 具体的には、17世紀末から18世紀初頭までのイギリスの哲学者についてテキスト分析を行う中で、当時の学問状況や西洋古典の受容状況といった文脈の調査・分析の必要性や重要性が確認されたり、哲学者同士の比較を行う上で見通しの良い主題(現在までの進捗では、証言論などがこれにあたる)が予想されたりしたため、現在までに一程度のまとまった時間をそれらの背景や主題の調査や検討に割くこととなった。 また、これらの変化に加え、研究計画段階で予想した以上の発見があった。具体的には、コリンズの証言論において「誠実さ」(honesty)と「無私性」(disinterestedness)の概念が認められたことである。これらは、ロックの証言論を継承した言葉遣いであるが、同時に、シャフツベリによる道徳感覚理論の論述でも依拠されている概念でもあり、自由思想運動と道徳感覚学派の共通性を示す具体的なエビデンスとすることができる。この点は、研究計画の目的の達成の見込みを大きく高めることであり、本研究計画上重要な発見である。 以上の理由から、現在までの進捗状況は計画時点で予期していないアプローチの変化やエビデンスの発見があったが、これらはいずれも想定以上の進展であり、望ましいものである。他方、アプローチの変化に伴って、計画していたテキストの分析の一部を保留し、計画で挙げていなかった関連テキストを多く扱うこととなった。以上を総合した自己評価として、現在までの進捗状況は「おおむね順調に進展している」としておく。
|
Strategy for Future Research Activity |
前述の通り、現在の研究アプローチは各哲学者や各テキストにおける歴史的文脈や通時的な主題の調査・分析を中心としており、これはアプローチが有効だと考えられる限り継続していく。他方で、今後の研究では、当該のアプローチにおいて現在までに展望された各論点について個別の結論を出した上で、それを踏まえて当初の研究計画で予定していたテキストの構造分析および修辞分析を重点的に進めることを予定している。具体的な方策は以下の通りである。 【1.西洋古典受容の分析】当該のアプローチから展望された論点で今後最も重視するものは、西洋古典受容(とりわけ古代ローマのテキストの受容)であり、これは現在までの研究から自由思想運動や道徳感覚学派の動向を分析する有効な指標となることが見込まれているため、優先して検討する。 【2.文脈調査を踏まえたテキスト分析】当初計画していたテキストの全体的構造の分析を進め、その修辞的特徴を調査・分類していく(例えば「誠実/不誠実」といった形容など)。この際、各論述の解釈にあたっては、現在までの研究で明らかにした当時の学問の歴史的状況(階級や政治、宗教や性別に関わる明示されない了解)に注意する(例えば、道徳的な教育における「子供」はどの階級、どの性別の子供なのか、など)。 以上の方策に則って、今後の研究では、当初計画していた通り、ロック、トーランド、コリンズ、シャフツベリを中心に分析を進めていく。
|