2018 Fiscal Year Annual Research Report
The Anthropological Study of the Public Health and Nation State after the Civil War in Sri Lanka from the Case Study of Blood Donation.
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18J40154
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
梅村 絢美 東京大学, 東京大学大学院総合文化研究科超越文化科学専攻教養学科文化人類学, 特別研究員(RPD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | スリランカ / 献血 / 宗教トラスト / 信仰と資本 / ケガレ / 南アジア / 布施 / 宗教的贈与 |
Outline of Annual Research Achievements |
【1.南アジアにおける献血事業の展開に関する文献研究】 アジア諸社会における献血の実施形態についての先行研究を検討し、輪廻転生および不殺生を基本とするヒンドゥー教や仏教、ジャイナ教の信者を相当数抱える南アジア社会における献血の特徴として、苦痛を伴いながら輸血を必要とする人への贈与である献血が、宗教的な積徳行為、あるいは精神的な浄化とみなされていること、そしてこうした解釈が人びとの献血行動に多大な影響を与えていることが明らかとなった。 【2.スリランカ調査】 8月~9月に実施したスリランカ調査では、K県にある仏教寺院境内において実施される献血キャンプを訪れ、献血キャンプの実施状況について参与観察をおこない、献血をおこなう参詣者や、献血キャンプの運営に具体的に携わる信者、コロンボの国立輸血センターから派遣された技師や看護師等にインタヴューをし、仏教徒の献血行動についての具体的な見解を得た。また、スリランカ国立輸血局およびスリランカ赤十字を訪れ、スリランカの献血事業の展開に関する資料および説明を受けた。本年度は仏教徒の献血行動に関する調査が中心となったため、今後は、仏教以外の宗教における献血の実施状況について調査する予定である。 【3.宗教トラストが主導する信仰と資本の関係とその動態についての研究】 調査で訪れた寺院をはじめ、スリランカでは、仏教寺院トラストが社会福祉事業の一環として献血を運営していることから、宗教トラストの運営実態や、信仰と資金(資本)の関係とその動態について、さらに詳しく検討する必要が生じてきた。そこで、仏教のみならずヒンドゥー教やイスラーム教における信仰を媒介とした資本の動きについて検討するワークショップを開催し、宗教間での相違や、具体的な開発・教育活動等についての事例について検討した。本研究項目は、来年度も継続しておこなう予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、南アジアにおける献血行動の実態について、文献および現地調査により包括的に明らかにすることを主な課題としてきたが、文献調査と現地調査のバランスを取りながら、予想していたよりも多くのことを発見することができた。 先行研究で指摘されているインドおよびスリランカの献血行動の実態と宗教との関連について把握した上で、スリランカで調査を行い、実際に献血をしている人や、寺院での献血に携わる信者たちにもインタヴューをすることで、スリランカにおける献血行動が、宗教的倫理によって支えられる実態を明らかにすることができた。これにより、南アジアの諸宗教、とりわけ仏教・ヒンドゥー教における宗教的贈与とケガレとの関係という大きなテーマについて、スリランカ特有のケガレ観のありようを提示することができた。 さらに、スリランカ調査で訪れた寺院は、信者から布施(=宗教的贈与)として集まる資金を元手に宗教トラストを形成し、献血のみならず、その他の医療福祉事業や高齢者福祉事業、教育活動、学校運営等をおこなっていることが明らかとなり、宗教トラストと資本という新たな課題にも取り組むことができた。 本年度は、本研究課題の見取り図を具体的に示し、関連する新たな課題にも取り組むことができた一方で、具体的な研究成果の発表という形まで漕ぎ着くことができなかったため、来年度は調査研究を継続しながらアウトプットにも専念したい。
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Strategy for Future Research Activity |
【1.ヒンドゥー教徒、イスラーム教徒、キリスト教徒の献血行動の実態についての研究】初年度の研究では、仏教徒の間での献血行動についての調査が中心となり、スリランカ国立輸血局やスリランカ赤十字においても、仏教徒の職員からの説明であったことや、宗教別の統計がなされていないことから、仏教以外の宗教における献血行動の実態について情報を得ることができなかった。従って、今後の研究では、仏教以外の宗教における献血実施状況について明らかにする。 【2.宗教トラストの形成とその活動実態についての研究】初年度のスリランカ調査で訪れた寺院は、信者から布施として集まる資金を元手に宗教トラストを形成し、献血のみならず、その他の医療福祉事業や高齢者福祉事業、教育活動、学校運営等をおこなっていることが明らかとなった。したがって今後は、この宗教トラストを引き続き調査対象としながら、信者からの布施によって成り立つ宗教トラストと献血をはじめとした社会福祉事業の展開について調査を継続する。 【3.スリランカ調査】2年次は出産・育児による研究中断のため、国外での現地調査が可能であるか現時点では不明ではあるが、可能な限りスリランカに赴き、仏教徒のみならずヒンドゥー教徒、イスラーム教徒、キリスト教徒による献血について調査を行いたいと考えている。 【4.内戦後スリランカの政治経済的状況と宗教的社会福祉をめぐる包括的研究】本研究課題の主題である、内戦後のスリランカの政治経済的状況を、献血という匿名化された贈与を切り口に検討する。そのうえで、初年度は口頭発表のみとなってしまった研究のアウトプットについて、今後は論文発表に力点を置きながら取り組む。可能な限り海外の学会で発表することで、そこで得られた本研究に対する評価を反映させながら研究を継続していく予定である。
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