2019 Fiscal Year Research-status Report
「謝罪とは何か」に関連する諸問題についての哲学的な考察
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18K00006
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Research Institution | Miyagi University of Education |
Principal Investigator |
川崎 惣一 宮城教育大学, 教育学部, 教授 (30364988)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 謝罪 / 責任 / 人格 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は研究計画にもとづき、前年度の成果をもとに、「謝罪とは何か」という問題を「責任とは何か」という観点からアプローチするために、哲学および社会学・社会心理学におけるさまざまな研究の蓄積を参考にしながら、責任の受容が謝罪へと至る道筋を明らかにしようと試みた。 哲学において責任の問題は多様な観点から論じられているが、おおまかに言って、「別のように行為することもできた」という「他行為可能性」と、他者の呼びかけに対して応答を迫られておりまた自らは応答することが可能であるという「応答可能性」という二つの文脈において議論されることが多いように思われる。前者には、自分自身に行為の主導性(イニシアチブ)があるという力能の感得と、とりわけ過去を振り返った際の「別様でもありえた」とする事後的な状況把握とが大きな柱になっている。また後者では、他者からの呼びかけを聞き取ることそのものが、自分自身に「それに応える力能と義務とがある」ことの自覚と、それに対する倫理的な態度決定への促しを伴う、という議論の道筋が描き出される。ここでの「他者からの呼びかけを聞き取る」とは、実際に声を出して呼ばれる場面のほか、他者からのいかなる働きかけがなくても自身がおのずと他者からの訴えかけを聞き取ってしまう場面も含まれる。 社会学および社会心理学では、いささか乱暴にいえば、さまざまな規模の人間集団内において私たちが他者たちとともに生きるうえで、多種多様な規範および責務を共有し内面化しているという状況において、各人が自らの責任を積極的ないし消極的な仕方で受容している、という洞察がベースになっているように思われる。 以上のような意味での「責任」が「謝罪」へと至る道筋は、私たちの存在構造そのものにかかわる、他者たちと「共に生きる」ことに対する根源的な選択を浮かび上がらせることによってこそ描き出されるはずのものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実施計画に示したような、「謝罪とは何か」という問題に対して「責任とは何か」という問題を介してアプローチする、という本研究の取り組みは、平成30年度に発表済みの論文「人はなぜ謝罪するのか」のなかで示した、謝罪をめぐる包括的な理解に基づいて展開されている。すなわちその論文では、謝罪の意義を〈加害者と被害者、および両者を取り巻く人々との間によりよい人間関係を(再)構築すること〉に見出し、また私たちが謝罪する根本的な理由として、「私たちが社会的かつ倫理的存在であり、未来において、他者たちと共に、幸福でより善い生を送ることを望むからである」とまとめておいた。 このとき問題になるのは、私たちが自らを一個の人格として、すなわち、時間的な流れのなかで同一性を保った存在として見なしており、また他者たちからもそのように見なされていることを前提としている、という根本的な事実である。またこのことは、自己と他者たちとの関係が基本的に、断続的ではなく連続的なものであり、そのつどの人間関係は過去のさまざまな相互交流の蓄積のうえでこそ成り立っているとともに、現在進行中のやり取りは、そうした蓄積の更新でもある、というもう一つの根本的事実とも結びついている。 ここに、「私たちはどのような人生を望むか、またその目的に照らして私たちはいかに生きるべきか」という倫理学的/人間学的な観点が加味されることで、「責任を感じること」が謝罪という具体的な行為へと結実していくのだ、ととりあえずまとめることができる。 以上のような点を明らかにすることができたというのが、ここまでの大きな研究成果である。ただし、このような大まかな見取り図から漏れ出てしまう多くの論点があることも確かであり、今後の課題として残っている。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は本研究の最終年度として、研究実施計画にもとづき「『責任とは何か』という原理的な問いに対して新たな論点および切り口を提示すること」をテーマに研究を進める予定である。前年度までの研究成果を踏まえつつ、これまでは扱ってこなかった諸問題に焦点を当てることで、哲学的にみてより緻密な理論構築を目指す。 とりわけ行為の主導性(イニシアチブ)と行為の責任との結びつきに関して、①主体は本当に行為の主導性をもつと言えるか ②行為の主導性を持っていなければその行為の結果に関する責任を負う必要はないと言えるのか という2つの問題がある。前者(①)について考えるためには、自由意志に関連する諸問題についての広範なサーベイと、「私たちは本当に自由なのか」という根本問題に対する見通しとが必要になる。また後者(②)については、たとえば「私たちは、強制や命令などによる非主導的な行為についても、その結果に対して責任を感じる(ことが多い)」といった事実の背後にある、行為および責任に関する私たちの一般的な理解の枠組みについて考察を加える必要がある。また、責任の追及に関して、因果的なつながりをどの程度厳格に捉えるのがふさわしいかに関する一定の見通しを得ておくことも重要である。これによって、「責任能力」や「道義的責任」、さらに「監督責任」などの「法的責任」などの責任の問題系をも視野に収めることができるはずである。 最後の点は、「謝罪とは何か」に関する理解ともつながる。たとえば「特定の行為ないし出来事に対して、必ずしも責任があるとは言えないが、謝罪すべきと見なされる」ケースというのは日常生活においてしばしば生じうるが、こうした事例において働いているメカニズムを解明することは、「謝罪とは何か」の問題を「責任とは何か」という問題の解明を介してアプローチするという、本研究のオリジナリティを明確にするうえで有用である。
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Causes of Carryover |
当該年度の後期(2019年10月から2020年3月まで)はサバティカルのためアメリカ合衆国ハワイ州に滞在し、ハワイ大学マノア校にて研究を行った。 このため、前年度は支払い請求額を使い切ることができず、残額がかなり生じることとなった。 そこで本研究は予定よりも研究計画を1年延長して令和3年度(2021年度)までとし、この期間において残額を使用する予定である。
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