2020 Fiscal Year Research-status Report
「謝罪とは何か」に関連する諸問題についての哲学的な考察
Project/Area Number |
18K00006
|
Research Institution | Miyagi University of Education |
Principal Investigator |
川崎 惣一 宮城教育大学, 教育学部, 教授 (30364988)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 謝罪 / 責任 / 人格 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は研究計画にもとづき、「謝罪とは何か」という問題を「責任とは何か」という観点からアプローチするために、道徳的責任と自由意志の問題に関するさまざまな研究の蓄積を参考にしながら、道徳的責任の発生と、その際の自由意志の位置づけを明らかにした。その成果をまとめると、以下のようになる。 一般に責任とは、問題となっている行為を実行した行為者とその周囲の他者たちの間で成立するものである。すなわち道徳的責任は、問題となっている行為がなされた後で、その行為に対する他者たちの「反応的態度」(ストローソン)がその行為者に差し向けられるという仕方で、行為者に対して遡及的に成立するものなのである。 いわゆるフランクファート事例が明らかにしているように、問題になっている行為に関して他行為の選択可能性がなかった場合でも、当該の行為に対して道徳的責任を追及することは可能である。重要なのはその行為の意味が他者たちにどう受け止められたかであり、この点において、道徳的責任は決定論と両立可能である。 道徳的責任の成立条件として有望に思われるのは、フィッシャーとラヴィッツァが示した「誘導コントロール」という考え方である。つまり、行為者の「誘導コントロール」の下にあった行為については、道徳的責任を追及することができる。しかしそうだとしても、この「誘導コントロール」は自由意志を前提するものではなく、道徳的責任が追及される行為ないし行動のすべてにおいて、自由意志が必ず見いだされるというわけではない。したがって、道徳的責任は自由意志を前提とするものではない(ただしこの結論は、自由意志をどのようなものと捉えるかによって変わってくる可能性がある)。 以上のような成果は、「謝罪」を動機づけるものと目される「責任」の成立について、新しい視点をもたらしてくれるという意義があり、本研究にとって非常に重要である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実施計画に示した、「謝罪とは何か」という問題に対して「責任とは何か」という問題を介してアプローチする、という本研究の取り組みは、2018年度に発表済みの論文「人はなぜ謝罪するのか」のなかで示した、謝罪をめぐる包括的な理解に基づいて展開されている。すなわち、謝罪の意義は〈加害者と被害者、および両者を取り巻く人々との間によりよい人間関係を(再)構築すること〉にあり、また私たちが謝罪する根本的な理由は「私たちが社会的かつ倫理的存在であり、未来において、他者たちと共に、幸福でより善い生を送ることを望むから」である。 このような洞察は、2020年度に道徳的責任と自由意志の問題について考察し、その研究成果として、〈特定の行為に関する道徳責任というのが、その行為に対する他者たちの「反応的態度」(ストローソン)がその行為者に差し向けられるという仕方で、行為者に対して遡及的に成立するものなのであり、その行為が行為者の自由意志によるものであることは道徳的責任の必要条件ではない〉という点を明らかにしたことによって、さらに裏付けられた。 つまり謝罪というのは以下のような意味での社会的な振る舞いなのである。すなわち謝罪は、特定の行動について、その周囲にいる者たちがその行為に「道徳的に責任を追及されるべきもの」という評価を与え、その行動の担い手を「行為者」と見なしたうえでその責任を帰属させる、というメカニズムによって成立した「責任」を、当の行為者が自身のものとして引き受け、社会のなかで共に生きる存在として受け入れてもらうこと、自らがそれに値する人物であることを証明すること、こうしたことを(意識的かどうかにかかわらず)動機としてなされるのである。 以上のような点を、個別の哲学的テーマについての研究成果を通じて明らかにすることができたというのが、ここまでの大きな研究成果である。
|
Strategy for Future Research Activity |
本年度は本研究の最終年度として、研究実施計画に基づき「『責任とは何か』という原理的な問いに対して新たな論点および切り口を提示すること」をテーマに研究を進める予定である。前年度の研究を継続させつつ、前年度に立てた問題設定を少しずらしながら、これまでは扱ってこなかった諸問題に焦点を当てることで、哲学的により精緻で深みのある理論構築を目指す。 謝罪の土台にある、行為の主導性(イニシアチブ)とその行為の責任との結びつきに関して、①行為の主体が行為の主導性を持っていたと見なされて謝罪を求められるとき、どのようなメカニズムが働いているか ②行為の主導性を持っていなければその行為の結果に関する責任を負う必要はない(したがって謝罪する必要もない)と言い切ることはできるのか という2つの問題がある。前者(①)については、前年度に一定の見通しを得ることができた。また後者(②)については、「私たちの生きる社会では一般に、行為者が自らの意志のもとに行った行為だけではなく、当人の非意志的で非主導的な行動についても、その結果に対して当人に責任が帰され、処罰や制裁などの措置がなされる」という事実に対して、新しい視点からのアプローチが必要になる。これによって、私たちを謝罪へと促す「責任」の成立事情について再考することができるはずである。 そしてこの点は、「謝罪とは何か」に関する理解に新しい視点をもたらしてくれるはずである。「特定の行動について、その担い手である当人に責任があるとは必ずしも言えないが、当人はその行動について謝罪すべきと見なされる」ケースというのは日常生活においてしばしば生じうるが、こうした事例において働いている責任追及のメカニズムを解明することは、「謝罪とは何か」の問題を「責任とは何か」という問題の解明を介してアプローチするという、本研究のオリジナリティを明確にするうえで有用である。
|
Causes of Carryover |
2020年度はコロナウィルス感染対策の観点から、本研究課題に関連する国内の諸学会の大会や研究会がオンライン開催となったことにより、予定していた旅費を使用する機会がなかったため。 なお、2019年度後期はサバティカルのためハワイ大学マノア校にて研究に従事したが、その際に使用できなかった研究費の繰り越し分がある。 そこであらためて2021年度を本研究課題の最終年度とし、これらをあわせた残額を本研究のために使用する予定である。
|