2019 Fiscal Year Research-status Report
近現代フランス倫理思想に基づく「自己愛」概念の包括的研究
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18K00028
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
村松 正隆 北海道大学, 文学研究院, 准教授 (70348168)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ルイ・ラヴェル / スピリチュアリスム / イロニー / 林達夫 / ミシェル・アンリ |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、まず主たる研究対象の一人であるルイ・ラヴェルについて、特に彼の「悪論」に焦点を当てて研究を進めた。特に、苦痛や悪を契機とし、これを自らの一種の精神的鍛錬の機会とし、こうした否定的経験を自らの形而上学と重ね合わせるラヴェルの悪論の特質について研究を進めた。その成果の一部は、10月に山口大学で行われた日本倫理学会の一般研究にて発表した。特に、苦痛をば自らの有限性を自覚する契機としつつ、そうした思考の果てに、有限なもの同士の共同体、ならびに精神的交流の可能性を指摘するラヴェルの議論は、彼の言う「精神的空間(espace spirituelle)と呼応するものであることを示唆した。 また、昨年度より続けている自己愛とナルシシズムの連関、ならびに「イロニー」の意義についても研究を進めており、その成果の一部は、パリ第10大学教授Thierry Hoquet氏が主宰したコローク「日本哲学の諸概念」において発表した。この発表においては、第二次世界大戦直後に発表された林達夫の「反語的精神」の意義を振り返りつつ、林の姿勢を、保田與重郎の一連のイロニー論に対する批判的姿勢として読解する可能性を示唆した。 また、「自己愛」の基盤にある「自己」概念の研究の一環として進めているミシェル・アンリの小説の研究については、未だわが国でまとまった論考のない彼の最初の小説『若き士官』について、その概要と哲学的意義を分析する論考を発表した。 なお、一般向けの教科書である『よくわかる哲学・思想』(ミネルヴァ書房)に、項目「ルソー」を執筆したが、そこではルソーにおける「自己愛」の意義に焦点を当てており、これも本研究の実績である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究対象について多少の変更はあるが、いずれも一定の成果を挙げている。主たる対象であるルイ・ラヴェル、ならびにジャンケレヴィッチについては、現在も読解作業を進めており、その成果を論文にまとめつつある。既に口頭発表されたルイ・ラヴェルの悪論に関する議論は、あまり言及されることのない第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期におけるフランス哲学の一つの傾向を明らかにするものである。ラヴェルの議論はやや典型的・図式的ではあるが、「悪」や「苦しみ」の経験と人間の精神性とが取りうる関係とを反省するにあたっては貴重な材料であることが示された。 また、林達夫の「反語」に関する議論の紹介は、フランスにおいて十分になされていない林達夫の紹介として意義を持つといえる。 なお、ミシェル・アンリの小説については、現在のミシェル・アンリ研究においてその意義が十分に解き明かされていない研究領域であるが、彼の哲学と小説実践の関係に係る研究は、哲学一般と小説との関係を考える上でも意味を持つといえる。なお、今回分析した『若き士官』は、実際は第二次世界大戦直後に執筆されたものであり、この時期の小説の一つの傾向を明らかにするものでもある。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究においては、ルイ・ラヴェルの道徳論と存在論との関係を明らかにすることにが大きな目的となる。ラヴェルの哲学においては、いわば「形而上学的経験」とでも呼ばれるべき経験が特権化されており、道徳的経験もこれと関連付けられる傾向がある。この論理を明らかにし、さらに、昨今しばしば論じられる「精神的鍛錬(exercisces spirituels)」の近代的ヴァージョンとしてラヴェルの哲学を読み解くことが、最終的な目標である。 また、これに併せて、「自己愛」の解毒剤としての「イロニー」の概念の射程を明らかにするために、ジャンケレヴィッチのイロニー論に焦点を当てつつ、彼の初期哲学の意義を明らかにすることも付随的な目標としている。 その他、可能であれば、林達夫の「反語論」を仏語論文としてもまとめ、昭和初期の日本思想への新たな視角を提出することを目指したい。 なお、ミシェル・アンリの小説については、『目を閉じて、愛』、『王の息子』などについて引き続き読解作業を続けており、状況が許せば、学会などでその研究成果を発表する予定である。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの関係により、年度末に予定していた出張がとりやめとなったため、未執行の予算が発生した。状況が許せば、随時、研究成果を国内外諸学会で発表する予定である。
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