2018 Fiscal Year Research-status Report
知の技法としての人文主義的書簡と近代教養市民の自己形成
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18K00107
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Research Institution | Tokiwa University |
Principal Investigator |
森 弘一 常磐大学, 人間科学部, 教授 (60239621)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
石黒 盛久 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (50311030)
高瀬 圭子 (田中圭子) 大分県立芸術文化短期大学, その他部局等, 教授 (60280286)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 人文主義 / 書簡 / 書簡術 / 修辞学 / 教養 / 近代市民 |
Outline of Annual Research Achievements |
書簡研究に関連する史料・文献リストのデータベース化は、石黒らが中心となってこれを行った。本年は相応の件数確保することを優先し600件以上のリスト化を終えることができた。リスト化の基準や手順の整備が確立できたことは、これを基礎に数量にかぎらず質的な充実が可能になるという点も重要である。書簡研究の理論や方法論については、森らが、個別研究と並行して、修辞学やポライトネス論との関連性を検討した。 書簡や書簡術の個別研究に関しては、北方ルネサンス/人文主義をカバーする森が、トマス・モアに引き続き、エラスムス『書簡作成術』を素材に、作成規範の側面から、人文主義的書簡の検討を行った。ルネサンスの代表的書簡作成手引である本書の検討は、研究全体基軸となる部分である。ドイツ語圏の人文主義をカバーする田中は、神聖ローマ帝国の人文主義者コンラート・ツェルティスの著した、エラスムスの作品と並び称される、一連の書簡作成手引の解明を継続した。さらに、ツェルティスの書き記した諸書簡自体の分析、諸書簡がつなぐ人文義的知識人のネットワークの歴史的な意義や役割の考察に進んでいる。次の段階である書簡ネットワーク研究を先んじて取り組んでいる点で意味をもつ研究である。イタリア人文主義をカバーする石黒は、諸書簡自体の分析を先行させている。マキャヴェッリが友人ヴェットーリにあてた諸書簡を詳細に分析し、その分析から明らかになるマキャヴェッリの人文主義的官僚知識人としての思想や思考様式や自己意識を解き明かしている。次の段階である、教養市民の自己形成を視野に入れた点で意味を持つ研究である。 個別研究の基礎史料にあたる書簡や関連作品の翻訳も進みつつある。人文主義者たちの集団的思想形成過程や近代教養市民の自己形成を中心に、知の技法としての書簡との関連を論じる研究にはまだ至っていない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
書簡研究に関連する史料・文献リストのデータベース化だが、件数はある程度確保したが十分とは言えない。さらに大きな課題は、リストの項目別整理に取りかかれていない点である。意味のある項目で整理されていなければ、データベースとしての価値は大きく減ずる。書簡研究の理論や方法論については、ポライトネス論を一つの重要観点として捉えたものの、修辞学と関連させてこれを発展させ、より詳解に書簡や書簡作成手引の分析・解釈に適応した研究につなげることができなかった。書簡以外の著作ジャンルの研究理論などを効果的に取り入れることもできていなかった。 個別研究に関しては、比較的順調に進展している。人文主義的書簡研究のキーポイントとなるエラスムス『書簡作成術』、そしてツェルティスの一連の書簡作成手引の研究と、書簡術に関する考察を進展させることができた。またそれぞれの分担領域で、書簡単独の分析のみではなく、諸書簡の往復による関係性の成立にも焦点をあてた研究を進めることができた。当面はこの枠組みに沿って研究充実を図ることが可能である。個別研究と併存して書簡作成手引あるいは書簡の翻訳も行っているが、こちらの進捗スピードは個別研究と比べると遅れている状態である。 書簡ネットワークを背景とした人文主義者たちの思想形成過程、人文主義的書簡を手がかりとした近代教養市民の自己形成という本研究の最終的課題の考察は、一部の個別研究がこれに言及する段階にとどまっている。 研究成果の公開に関しては、従来の媒体を通じてこれを行った。だが、研究成果の一部には、ネットなど他の媒体で開示したほうが迅速で効果的と思われるものもある。ただしそれはまだ実行されていない。
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Strategy for Future Research Activity |
史料・文献リストのデータベース化に関しては、次年度中に項目を立ててのデータベース化への移行を進める。研究成果を踏まえて時代・地域・トピックなどで細分化し、本研究だけでなく、最終的には公開することで広く近代思想研究に資することを予定している。 書簡研究の理論や方法論については、ポライトネス論による検証だけではなく、修辞学の概念や他の分析概念を踏まえた探究が必要である。また、こうした書簡のあり方を論じるにあたり、書簡の素材・用具や輸送等の物理的条件、他の著作ジャンルや東洋・日本における書簡など背景環境への理解にも努める。 個別研究に関しては、書簡術の解明と取り交わされる諸書簡自体の分析を基本的枠組みとして研究を進める。書簡術に関しては、エラスムスとツェルティスの著作と同等に評価されているヴィーヴェスの書簡作成手引、伊語圏での書簡作成手引の研究が必要となる。また、書簡ネットワーク形成その内容に関しては、トマス・モアとエラスムス、マキャヴェッリと友人間を対象にした分析を加速させる。既存の枠組みに囚われず、別の書簡ネットワークの存在も常に意識してこれを進める。 研究の重点は、人文主義的書簡ネットワークの分析、それを通じての集団的思想形成過程や近代教養市民の自己形成の考察に徐々に移行させる。その際自己形成という私的領域の対比として公的領域・公共性も視野においてこれを進捗させる。 以上の諸々の研究成果を、発表・論文という通常の方法だけでなく、ネット等を通じて公開することも検討する。公開のあり方や発信元となるWebサイトの準備にまずは着手する。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた一つの理由は、主に森の資料収集等を中心とした物品購入予定が遅れたことにある。森がこれまで恒常的に資料収集を行っていた分がすでに保管されており、新規の資料購入が当初予定より少なめとなった。拙速に資料収集の範囲を広げるよりは、資料収集方針を慎重に見直すべきと判断した。さらに、分担者との資料や物品の重複購入を避けて、それらの共有をはかるという調整役の立場としても、代表者の森が購入をおさえるべきと判断した。また、情報交換のための研究成果等報告研究会(年4回)の場所として、賃貸料が安価な場所を確保できたことも、費用がかからなかった理由である。次年度以降は、収集の範囲を拡大して資料の充実を図るために、これを使用する予定である。
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Research Products
(5 results)