2019 Fiscal Year Research-status Report
知の技法としての人文主義的書簡と近代教養市民の自己形成
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18K00107
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Research Institution | Tokiwa University |
Principal Investigator |
森 弘一 常磐大学, 人間科学部, 教授 (60239621)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
石黒 盛久 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (50311030)
高瀬 圭子 (田中圭子) 大分県立芸術文化短期大学, その他部局等, 教授 (60280286)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 人文主義 / ルネサンス / 書簡 / 修辞学 / 教養 / 近代市民 |
Outline of Annual Research Achievements |
書簡研究に関連する史料・文献リストのデータベース化は、石黒らが中心となってこれを進め、リスト件数を約1300まで増やすことができた。リストの充実は、その体系的項目整理によって書簡研究全体像の把握に繋がる点で重要である。書簡研究の理論や方法論については、各研究者が個別の対象へのアプローチ方法を実践しているのが現段階であり、これを集約することは行わなかった。 書簡や書簡作成術の個別研究に関しては、北方の人文主義をカバーする森は、エラスムス『書簡作成術』が、修辞学伝統を継承しながらも、細かな対人心理も配慮していることを論じた。人文主義的書簡術を代表する本書を継続して検証する意義は小さくない。ドイツ語圏の人文主義をカバーする田中は、8-9月に実施した国外研究調査の成果をふまえて、人文主義者コンラート・ツェルティスと友人ジクストゥス・トゥヒャーの往復書簡の分析を行った。書簡の素材や配達手段等の物理的条件にも目配りしつつ、ツェルティスの思想形成と発表の過程における書簡コミュニケーションの役割を明らかにした。書簡ネットワークの研究で先行して成果を示した点で意義のある研究である。また、ツェルティスの書簡作成手引と実際の書簡の比較検証を行い、書簡中の戦略的な自己表現と書簡作成の方法論との関連について指摘した。イタリアにおける人文主義的書簡の動向を担当する石黒は、昨年度に引き続きマキアヴェッリとその友人ヴェットーリの書簡の交換に研究の焦点を当て、彼らの書簡において浮かび上がる人文主義的書簡の公的性格と私的性格の共存/相補関係の屈曲に満ちた表現と、書簡作成規範の駆使との連関につき考察を進めた。公/私の視点は、近代教養市民の形成に関係する重要な課題である。 基礎史料にあたる書簡や関連作品の翻訳については、石黒が4通のヴェットーリ書簡の翻訳とその詳細な注解を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
書簡研究に関連する史料・文献リストのデータベース化については、ある程度十分な件数を確保することができた。しかし、課題であったリストの項目別整理に取りかかれなかったことは問題である。この遅れによって体系的整理が不十分に終われば、データベース化の意義は減ずる。書簡研究の理論や方法論については、各研究者が、個別研究において修辞学との関連を常に念頭に置きつつ、対象の分析と解釈を行っている。ただし、書簡や書簡術の分析・解釈に資するために、理論・方法論を集約する議論には至っていない。コミュニケーション理論などの他分野の理論・方法論の考察も不十分であった。 書簡作成手引の解明による書簡術の考察に関しては、森や田中が、エラスムスやツェルティスの著作に基づき、人文主義的書簡術における修辞学伝統などの規範面を解明するとともに、各著作者の独自の個性や環境面も論じてきた。しかし、ヴィーヴェスの著作などを考察対象に加える、複数の著作間の比較研究を実践する、などの新たな展開を示すことはできなかった。諸書簡自体あるいは書簡によるネットワーク形成の分析に関しては、田中がツェルティスとトゥヒャーの間での、石黒がマキアヴェッリとその友人ヴェットーリの間での、往復書簡をそれぞれ詳細に検証し、思想形成・思想表明における書簡ネットワークの意味や、公私の共存/相補関係や微妙な修辞表現から形成される人文主義的書簡の意義を明らかにした。 しかし、こうした個々のアプローチを共有し、各研究者がこれを応用した成果を検証・議論しあう段階には至っていない。この段階に進まなければ、人文主義的書簡からその思想形成過程を解明し、これを手がかりに近代教養/近代市民の自己形成への流れを検証する本研究の完成は難しいであろう。また、基礎資料の翻訳や、ネット使用等での研究成果の公開検討の点でも対応が遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
資料・文献リストのデータベース化に関しては、時代・地域・トピックなどの項目別整理に早急にとりかかる。遅れを取りもどし、データベースの公開という当初の目的を達成させる。書簡研究の理論や方法論については、修辞学伝統を踏まえた考察は進んだものの、ポライトネス論や他分野の理論を取り込んでの考察は逆に停滞した。後者を視野に入れた理論や方法論の議論を進めていく。また、書簡の素材・用具や輸送等の書簡の物理的環境への理解や東洋・日本における書簡との比較など、本研究の背景となる分野に関する理解の深化にも努める。 書簡作成手引の解明による書簡術の検証、諸書簡自体あるいは書簡によるネットワーク形成の分析、これを研究の枠組みとする点は継承する。前者においては、エラスムスとツェルティスに、ヴィーヴェス、新たにユストゥス・リプシウスの著作を加えることで、研究の対象範囲の明確化を図る予定である。書簡自体あるいは書簡ネットワークの分析に関しては、ツェルティス/トゥヒャー、マキアヴェッリ/ヴェットーリと並べ得る往復書簡や書簡ネットワークを対象にした分析研究を追加する。 人文主義的書簡ネットワーク上での思想形成過程の解明に関しては、書簡研究の理論・方法論の共有理解を深め、個別のアプローチ方法の成果を集約する作業を開始する。その際には、近代教養/近代市民の概念の再検討を並行して行うこととする。計画の遅れによる影響を最小化するためである。 また新型コロナウィルス感染の影響を考慮すると、今後の現地調査は不可能である。現地調査に代わる資料調査・研究方法を検討し、事態にあわせて対象領域を調整するなどの対応は早期に行う。既存の基礎資料翻訳の集約と整理も進める。ネット等を通じての成果公開を視野にいれた発信の準備にも迅速に行い、最終年度における成果公開の実質準備にも着手する。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた一つの理由は、昨年度と同様に、森の資料収集等を中心とした物品購入が進まなかった点にある。森が申請前から進めていた資料収集分があるため、新規の資料購入等が当初見込みよりも少なめとなった。さらに、分担者との資料や物品購入の重複を避けて共有をはかるため、森が手控えたところがあった。また、研究成果等報告研究会等の機会などが、新型コロナウィルス感染拡大により減ったために、支出が抑制された部分もあった。賃貸料が安価な場所を会議場として引き続き確保できている点も、費用がかからなかった理由である。また石黒による、サンチャゴ・デ・コンポステラ大学での長期研究調査が、新型コロナウィルスのスペインにおける猖獗のため、実施の見合わせを余儀なくされ、その予算支出が不可能になった。新型コロナウィルスの影響を考えると、事業期間中の現地調査は不可能であるため、これを補完する別の対応方法を検討しなければならない。次年度使用額は、資料物品の充実化だけでなく、こうした対応策の費用として、これを使用する予定である。
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Research Products
(4 results)