2019 Fiscal Year Research-status Report
音楽実践がもたらす社会的情動とその機序:キューバ芸術音楽を例とした民族誌的研究
Project/Area Number |
18K00144
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
田中 理恵子 東京大学, 大学院総合文化研究科, 学術研究員 (50779105)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | キューバ芸術音楽 / 音楽人類学 / 情動 / 共有 / 表出 / 制御不能性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、音楽実践がもたらす社会的な情動(アフェクトゥス)形成の機序を明らかにすることを目的としており、換言すれば、音楽を契機として、ある社会を生きる人びとの集団的な心性や身体のあり方がいかに形成/変容するのかを探求するものである。具体的な作業としては、多様な音楽実践の歴史をもつキューバを例に、とりわけ特異なイデオロギー形成を牽引した「キューバ実験音楽」に焦点を当てた、民族誌的調査研究を行っている。 研究の2年次に当たる本年度は、昨年度に提示した理論的素描をもって、(1)さらに詳細な文献資料調査の実施と、(2)中心的な音楽家たちへの非対面式インタビューを実施した。(1)では1959年以降のICAIC(映画芸術産業庁)内に創設された音響実験集団GESの重要性が再確認された為、その歴史経緯にまつわる文献調査へと作業を絞り込んでいった。革命政府はICAICのプロジェクトとして、著名な音楽家レオ・ブローウェルを中心にこのグループを発足させたが、これに対して活動に参加した音楽家たちは、一方でプロバガンダ的な表象をもつ芸術音楽を、他方でヌエバ・トローバと呼ばれる民衆音楽を創造するなど、音楽を通じて様々なムーブメントを起こしてきたことが、文献資料と紐づいて明らかにされた。 またGESの実践は「キューバ主義」の形成に大きな影響を与えたことでも知られるが、とくに(2)のインタビュー調査では、概念的な言説で埋め尽くされた内容よりも、むしろその根底にある感情や感覚な「経験の共有」が色濃く示された。このことから音楽家たちの情動的な側面がいかにこの音楽実践の形成に関わってきたのか、その輪郭(たとえば感情や感覚が「共有されないこと/共有されること」の両義性こそを重視する様など)が浮き彫りとなってきた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度は、当初予定していた計画より、いくつかの変更を余儀なくされた。 (1)現地でのフィールド調査を実施する予定だったが、調査対象として想定していた「国際現代音楽フェスティバル in Havana」の開催時期が変更された為、調査時期を延期することとなった。 (2)2020年3月に国内研究発表を2件予定していたが、新型コロナウイルス感染症被害の影響により、いずれも延期となった。 このような変更があったため、研究の進捗状況は「やや遅れている」と判断せざるを得ない。ただし一方で、3年次に行う予定であった「エスノグラフィ作成による総括」のうち、理論的枠組みおよび民族誌的背景の記述を前倒してすでに行ったことにより、研究内容の焦点がきわめて具体化された。これは次年度の進捗を促進するものになると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの作業を通して、本研究において今後照準を合わせるべき内容が具体化されたと考えられる。しかしながら2020年の感染症被害の状況に応じて、今後の現地調査の実施が困難になる可能性がある。このことを鑑みて、現在では研究計画の見直しも考慮に入れつつ、次年度の研究計画を次のように再検討している。 <2020年度に現地調査が可能となった場合> (1)現代音楽祭の出演者たちによる各種コンサートを中心として、その創作現場および演奏会での参与観察、(2)音響実験集団GES およびその母体であるICAIC 関係者へのインタビュー調査、を実施する。 <2020年度に現地調査が困難となった場合>現地調査の代替案として、過去に行われた国際現代音楽祭の映像や音源の資料に基づく詳細な分析・考察を行った上で、非対面式(オンラインやメール)でのインタビュー調査を実施する。これらの方法で充分なデータが得られない場合、研究期間の延長も視野に入れつつ適宜調整を行う。
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Causes of Carryover |
研究の2年次にあたる本年度は、現地でのフィールド調査を実施する予定だったが、来年度の実施へと変更した。その理由は、調査対象としていた「国際現代音 楽フェスティバル in Havana」の開催時期が2020年5月に変更されたためである(その後、感染症被害の影響により再変更されている)。そのため次年度使用額が生じたが、これは次年度の研究によって使用するものである。
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