2019 Fiscal Year Research-status Report
作品制作をする美術愛好家―18世紀フランスを中心とした美術家の戦略と趣味の変容
Project/Area Number |
18K00173
|
Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
船岡 美穂子 東京藝術大学, 美術学部, 講師 (90597882)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 愛好家 / ディレッタント / 18世紀 / フランス / スウェーデン / シャルダン / アカデミー / レンブラント |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、作品制作を嗜む美術愛好家の趣味が、職業画家による作品制作にどのような影響を与えていたか調査研究を進めた。18世紀半ばから後半期にかけて、素描や油彩画制作に向かう画家や子どもの姿をテーマとした風俗画や肖像画作品、また美術愛好家の肖像画が多数制作されており、そうした作品の調査を昨年度から継続して行った。ジャン=シメオン・シャルダンによる風俗画の対作品《デッサンの勉強》と《良き教育》は、スウェーデン王太子妃ロヴィーサ・ウルリカのために描かれ、その後に制作された異作(ヴァリアント)の対作品は、美術愛好家ラ・リヴ・ド・ジュリが購入した。《デッサンの勉強》には、同時代のピガール作の彫刻像をデッサンする青年の姿が描かれており、画技を嗜む美術愛好家のイメージが反映されていたことを明らかにしようと試みた。フランス文化の影響下にあったスウェーデン宮廷においても趣味として作品を制作する習慣があったこと、また異作を所有したラ・リヴ・ド・ジュリは画技を嗜んだことでも著名な美術愛好家であったことに着目し、いくつかの史料を根拠として、《デッサンの勉強》の画中の素描する青年には、単なる画学生としてだけではなく、画技を嗜む美術愛好家の姿も重ねられていた可能性を論じた。この成果は、学会で発表した。 また、前年度に収集した史料をもとに、王立絵画彫刻アカデミーでの美術愛好家会員を対象とした自由会員制度の整備とその目的と理念、そして美術愛好家たちによる作品制作の検証を続けた。美術愛好家(amateur)の語義の変遷、アカデミーでの講演会の内容を分析し、ケリュス伯爵やラ・リヴ・ド・ジュリといった愛好家が制作した具体的な版画作品の研究を行うことを通じて、彼らの作品制作と美術品蒐集とのつながりを明らかにすることができた。この成果は論文にまとめ、図書として公刊することができた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の当初の計画は、作品の調査研究を進めること、また、フランスの影響下にあったヨーロッパ諸国にも対象を広げつつ、絵画を嗜む美術愛好家に向けた、専門画家たちの作品制作の諸相を検討することであった。 本年度は、新型ウイルスをめぐる世界的な情勢の変化により、春に予定していた海外調査自体は見合わせざるを得なかったが、既に前年度のうちに計画を前倒しして作品調査を行っていたことが奏功し、本研究計画当初の調査内容はほぼ実施済みであった。そのため、今年は収集した史料の分析と論文執筆に集中することができた。王立アカデミーの自由会員制度の整備に伴い、美術愛好家による作品制作が推奨されていった経緯、またその後に出版された美術辞典の「愛好家amateur」の項目に「職業としない」という意味が初出として加えられたことも新たに発見した。さらに、ケリュス伯爵とラ・リヴ・ド・ジュリが描いたいくつかの作品を具体的に取り上げて、彼らの作品蒐集活動との関連を考察した。以上の成果は、論文にまとめて公刊することができた。 また、シャルダンによる風俗画作品《デッサンの勉強》には、彫像を素描する青年の姿が描かれているが、注文主であるロヴィーサ・ウルリカ王太子妃のスウェーデン宮廷では素養としての作品制作の習慣があり、また異作を所有した美術愛好家ラ・リヴ・ド・ジュリも多くの作品を残した素人の素描家・版画家であった。これら作品所有者たちの趣味、画中の人物が着用している衣服や、サロン評の分析を通じて、この青年像に作品制作を嗜む豊かな階級の人物のイメージが重ねられた可能性を探った。この成果は、学会で発表することができた。 以上のように、ほぼ当初の研究調査の計画のとおりに進めることができ、継続的に成果発表を行っていることから、本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、これまでの成果を踏まえつつ、さらに美術愛好家の著作の分析を進めるとともに、同時期の美術理論やサロン批評も検討し、制作者の視点を想定した作品評価や趣味が醸成されていたことを検証したい。 本年度の調査研究の過程で、美術愛好家や批評家の間で、色彩法や明暗法、「魔術のような」とも称される筆致といった絵画技法に対する関心が高まった背景として、18世紀後半期のレンブラント趣味の流行と何らかのつながりがあった可能性が浮かび上がった。そこで、次年度は、このテーマをめぐる先行研究の文献資料の収集と読解、一次史料の調査を行いつつ、同時期のレンブラント受容の諸相も検討し、レンブラント趣味の視点から美術愛好家による作品や著作の分析を行う予定である。 また、最終年度にあたることから、できるだけ早い段階で成果をまとめるべく論文執筆に努めたい。
|
Causes of Carryover |
実際には、初年度に予算の前倒し請求を行っているため、ほぼ当初の予定通りの予算を使用している。 本年度の前半期の時点では計画以上に研究が進展していて、そのペースを保ちつつ本年度も計画を前倒しして進める予定であったが、社会情勢の変化によるやむを得ない海外調査の延期の結果、若干の次年度使用額が生じた。
|