2018 Fiscal Year Research-status Report
拓本技術を用いた植物画をめぐる美術と博物学の相関性に関する研究
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18K00175
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Research Institution | Gakushuin Women's College |
Principal Investigator |
今橋 理子 学習院女子大学, 国際文化交流学部, 教授 (70266352)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 江戸時代絵画 / 博物図譜 / 印葉図 / ボタニカル・アート / 東西博物学史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題では、博物図譜と芸術的絵画の境界上に位置する「印葉図」という絵画ジャンルを指摘し、日本絵画史上への位置づけを試みるものである。従来科学史や植物学史では、印葉図は植物画の制作方法として認識され、西洋では15世紀にはすでに存在していたことが知られているが、日本では19世紀以前には作例がないかのような言説が、これまで一般化していた。しかし本研究を進めるなかでこれまでに明らかになったことは、18世紀には日本においてすでに印葉図は存在しており、博物学的な記録としての植物画としては勿論のこと、時にそれを用いて一幅の鑑賞目的の画としていたことがわかってきた。 具体的には、研究代表者は長澤蘆雪(1754-1799)筆「秋田蕗摺絵蟻図」(個人蔵)という新出作品の存在を確認し、これを検証した結果、署名・落款の状況からこの作品が、①蘆雪33-34歳頃、すなわち1786~87年頃に描かれた可能性が極めて高いこと、②また蘆雪はこの画において36匹の蟻だけをしたためたもので、中心モチーフとなっている「秋田蕗」についてはこれが印葉図の方法で描かれたものであり、しかも蘆雪が手がけたというものではなく、すでに存在していた(既成の)秋田蕗の印葉図を、蘆雪が「本紙」として二次創作した可能性が高いことを指摘した(「長澤蘆雪筆「秋田蕗摺絵蟻図」の出現と日本博物図譜史上におけるその意義――近世日本における「印葉図」誕生に関する考察(上)」(『学習院女子大学紀要』20号、2018年3月、pp.11-28)。 こうした見解を元にさらに検証を進めた結果、蘆雪と同時代の他の画家の作品にも、既成品としての印葉図を用いた絵画作品の事例を新たに見出すことができ、さらに時代的には17世紀のものと判断される作例も現れた。現在これらの新たな調査結果をまとめて報告する準備を進めており、2019年度内に論文として公表する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ヨーロッパでは早くから版画の一技法として認識されてきた「印葉図」だが、日本における作例は従来、1810年代より遡るものは無いものと植物学史的には見做されてきた。日本絵画史における見解でも、同様の言説がそのまま踏襲されてきており、例えば近年の展覧会(愛知県美術館「芸術植物園」展、2015年)などでも、繰り返し同様の説明がなされている。本研究代表者はこれまで、多くの18世紀の江戸時代博物図譜を扱ってくるなかで、江戸時代人の博物画収集の方法には肉筆画のみならず、版画はもちろんのこと、ときに標本としての押花や押葉も絵画と同様にも見做し、図譜に収めている事例を多く目にしてきた。とくに近年では、博物学を愛好した大名たち周辺に残された古文書類(博物図譜とは別に日記や随筆類)の中にも「印葉図」が含まれている例を見出しており、その成立期が17世紀前半に遡るものが確認されている。 またこうした版画としての印葉図の技法は、布地を染めるための染色技法とも相関関係にあることが確認されたので、現在は作品事例を多く集めることに腐心している。これに関しては、先にもあげた長澤蘆雪筆「秋田蕗摺絵蟻図」から判明した事実が大きく関わってくる。すなわち「秋田蕗摺」とは一般的に、現代にも残る秋田県産の「郷土色が強い工芸品」との見方が強く、また言説的には江戸末期になって創始された工芸技法だとされている。しかし蘆雪筆の同作例は、こうした言説や認識の転換を促すものであり、史実としての再考を要するものであることは疑いない。本研究代表者は現在、この点についての実態も明らかにすべく「秋田蕗摺」に関する歴史資料を探索・収集するとともに、可能な限りの年表化を進めている。このような作業は2019年度内に発表する論文で公表したいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題では、「印葉図」に関する美術史的な従来認識を改めることを目的に進めているものである。現在のところ(2018年度から2年をかけて)作品調査を継続的に行い、データの収集と写真撮影を行っており、データベース化を検討している。これを元に、2019および2020年度では新たな論文執筆をすすめ、経過報告を兼ねた公表を目指している。作品調査に関しては、2018年度内に先方の都合によって実施できなかった分があるので、それについては現在再度調整中であり、2019年夏~秋頃に実施したいと考えている。 さらに「印葉図」の制作技術は、日本では伝統的な染色技術として伝承されてきている事例を確認しているので、現在のところ技術伝承者である制作家と連絡を取り、知識提供の可能性を打診している。もしこれが可能となった場合には、江戸時代「印葉図」の制作過程を再現的に実施してみることを検討している。 以上のような資料収集・分析、また必要に応じての実験結果を総合的に検証することを目標に、2020年度内までにこれら作業の工程を終えたい。その上で最終年度(2021年度)には、それらをまとめた著書の執筆を進めていきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
2018年度に実施する予定であった2件の調査が、先方の都合によって延期となった。そのため、旅費として計上していた予算分のうち一部(¥168,396)を、2019年度にそのまま繰り越すこととなった。同調査については現在、再度先方と調整中であり、2019年夏~秋頃に実施できると考えている。
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