2020 Fiscal Year Research-status Report
Jan Brueghel the Elder as a Storyteller
Project/Area Number |
18K00186
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 教授 (10340762)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | ブリューゲル / ナラトロジー / 物語 / 風景 / 西洋美術 / 共同制作 / エルスハイマー / フランドル |
Outline of Annual Research Achievements |
かの大ブリューゲルの息子にして、17世紀フランドルを代表する画家ヤン・ブリューゲル(父)は、動植物や風景の卓越した描写により高い評価を受けてきた。これに対して、本研究では、ヤンの描いた物語画の包括的な調査研究を行い、これまで等閑視されてきたヤン・ブリューゲル(父)の本領域における活動実態を明らかにするとともに、人物画家が描く物語画を頂点とする絵画観において見過ごされてきた文化的文脈を再構成することを目的とする。 こうした研究目的のもと、三年次にあたる本年度は、ヤン・ブリューゲル(父)が行った人物画家との物語画の共同制作、および同時代の言説とのかかわりについて、ネーデルラントにおける画家の専門分化と共同制作の伝統、ヤンと同じくイタリアで活動したドイツ人画家エルスハイマーの物語画制作との比較、および、エドワード・ノーゲートらの著作の分析を通じで、明らかすることをめざした。 エルスハイマーは、物語の語り手である人物と舞台設定である風景をすべて一人で描くことによって、風景と人物、その他のモチーフが一体となった物語世界を絵画上に生み出し、鑑賞者を物語へと没入させることに成功した。一方、ヤンが行った人物画家との共同制作においては、舞台設定と物語の語り手との一体感は失われるものの、個々の描写の卓越さが高く評価されたことが、同時代の言説から知られる。つまり、人文主義的芸術観においては、「語り」の説得力や巧みさといった、いわば「文学」モデルに準じて物語画が評価される傾向にあったが、絵筆によって物語を「描く」物語画においては、例え「語り」の説得力が減じられたとしても描写そのものの質を高く評価する価値観も存在していたことが、明らかとなった。これまでの美術史研究においては等閑視される傾向にあったこうした価値観を改めて確認しえた事が、今年度の大きな成果といえる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、新型コロナウィルスの世界的感染拡大のため、当初予定していた海外での作品調査や資料収集が渡航禁止措置により不可能となった。加えて、国際物流の混乱から、国外の書店・出版社からの研究書籍の購入も滞ってしまった。このような、西洋美術史研究には極めて不利な状況下、当初の研究計画をできる限り十全に遂行するため、主として次の方策を講じた。 ①国内研究機関の蔵書を最大限利用する。②インターネットを通じてデジタルで入手可能な史料を徹底的に収集する。③海外の美術館と頻繁に連絡をとり、研究上重要な作品については、高画質デジタル画像を入手する。④現地調査を比較的必要としない、同時代の芸術論分析を研究の主眼に据える。⑤来年度の新型コロナウィルス感染の収束と海外での調査再開に備え、研究費の使用をできる限り抑制する。⑥新規の現地調査を断念する代わりに、これまで入手した資料を一層精査することにより、来年度の現地調査再開に向けた準備を万全に整える。⑦国内外の研究者との意見交換や研究成果発表に、Zoom等のオンライン・プラットフォームを積極的に活用する。 こうした様々な工夫によって新型コロナウィルス感染拡大が引き起こした弊害をできる限り減じた結果、上述の通り、研究計画をおおむね順調に進展させることができた。とりわけ、これまで作品の調査や分析に比して遅れていた同時代資料の読解および分析を集中して行いえた事が、本年度の大きな収穫である。それにより、ヤン・ブリューゲル(父)の物語画は、従来型の「文学」モデルに依拠した評価体系では捉え切れない事、また、同時代には、すでにそうした「文学」モデルに囚われない、「物語画」の評価基準が存在したとの重要な視座を得ることができた。こうした視座に基づき、次年度は、状況が許し次第現地調査を実施して、再度、実作品の分析に集中して取り組む所存である。
|
Strategy for Future Research Activity |
本研究は4年の期間を計画しており、2021年度は最終年度に当たる。当初、最終年度では、ヤン・ブリューゲル(父)の描く風景画や動物画に関して、未だ明らかにされていない文学的典拠の同定作業を行うとともに、特定の文学的テクストに依ることなく、なんらかの物語的な語りを行う風景画や動物画については、ナラトロジー(物語論)の手法を援用し、その物語構造を明らかにすることを計画していた。 しかしながら、周知のとおり、新型コロナウィルスの世界的感染拡大に伴い、2020年度の海外調査はすべて中止となり、また、最新の研究関連書籍の購入も滞っている。とはいうものの、前述の通り、できる限り当初の計画通り研究を進めるべく、様々な方策を講じてきた。そのため、2021年度の早い時期にコロナが終息し、海外調査が実施可能となれば、十全に当初の研究計画を遂行できると考える。 一方、コロナ禍が終息に向かわない場合は、一次資料である絵画作品の調査を行えないこととなり、研究計画の十全な遂行が困難になる事態が想定される。そうした場合には、研究期間延長申請も含め、柔軟に対応しつつ、研究計画を十全に遂行し、科研費の支出にふさわしい高度な研究成果を挙げる所存である。
|
Causes of Carryover |
2020年2月から始まった新型コロナウィルスの世界的感染拡大を受けて、本年度は、当初計画していた海外調査を全く実施することができなかった。加えて、国際物流の混乱のため、海外の出版社・書店から研究関連書籍を購入することも控えなければならなかった。さらに、新型コロナ感染が終息すると予想される次年度に集中して海外調査を行うため、研究費使用の抑制を図った。そのため、次年度使用額が生じたのである。 これらの経費は、次年度、ワクチン接種などによりコロナの感染状況が落ち着き、ヨーロッパへの渡航が可能になり次第、研究計画に則った研究調査を順次再開することで、使用する予定である。また、国際物流に関しては、すでに平常に戻りつつあるため、次年度の早い時期より、必要な資料を海外から積極的に取り寄せる計画である。 総じて、この度の世界規模での新型コロナウィルス感染拡大とそれに伴う出国・入国制限は、本研究課題の遂行に多大なる影響を及ぼしたと言わざるを得ない。しかしながら、感染状況を見極めつつ効率的な海外調査を行う、デジタル媒体を利用して、国内で行うことのできる事前調査等を充実させるなどの方策により、この未曾有の事態を乗り越えて研究を遂行できるよう、万全を尽くす所存である。
|