2021 Fiscal Year Research-status Report
Jan Brueghel the Elder as a Storyteller
Project/Area Number |
18K00186
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 教授 (10340762)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | ブリューゲル / ナラトロジー / 物語画 / 共同制作 / 銅板油彩画 / 花の静物画 / ルドルフ二世 / プラハ |
Outline of Annual Research Achievements |
かの大ブリューゲルの息子にして、17世紀フランドルを代表する画家ヤン・ブリューゲル(父)は、動植物や風景の卓越した描写により高い評価を受けてきた。これに対して、本研究では、ヤンが描いた物語画の包括的な調査研究を行い、これまで等閑視されてきたヤン・ブリューゲル(父)の本領域における活動実態を明らかにするとともに、人物画家が描く物語画を頂点とする絵画観において見過ごされてきた文化的文脈を再構成することを目的とする。 こうした研究目的のもと、四年次にあたる本年度は、ヤン・ブリューゲル(父)が描いた風景画や動物画における物語表現について調査研究を行った。風景画や動物画は、一見したところ、物語表現との係わりは薄いように見える。しかし、発生論的観点から言えば、西洋風景画は物語画の背景表現から派生して成立しており、なんらかの物語主題を含んだり暗示したりすることは、当初はむしろ一般的であった。一方、動物画は博物学的興味に支えられて隆盛したが、博物学的興味をもった受容者は同時に古典文学等にも精通しており、動物を写実的に描いたように見える絵画であっても、何等かの物語的、寓意的要素が込められている場合もままある。こうした観点から、本年度は、ヤン・ブリューゲル(父)が、当時の学芸の中心地であった神聖ローマ皇帝ルドルフ二世のプラハの宮廷を訪問した際に制作した絵画群、および、訪問時に持参した贈呈用絵画の特定を行い、才能溢れる人物画家、風景画家、静物画家がひしめくプラハ宮廷で、風景表現、静物や動物表現、そして物語表現を巧みに融合させることで、希代の芸術愛好家ルドルフ二世の愛顧を得ようと画策する過程を、近年発見された史料等に基づきつつ、明らかにした。なお、その成果は英語論文"Jan Brueghel the Elder's Sojourn in Prague"として2022年度に刊行予定である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度も、新型コロナウィルスの世界的感染拡大のため、当初予定していた海外での作品調査や資料収集が渡航禁止措置により不可能となった。加えて、国際物流の混乱から、国外の書店・出版社からの研究書籍の購入も滞った。このような、西洋美術史研究には極めて不利な状況下、当初の研究計画をできる限り十全に遂行するため、昨年度に引き続き、主として次の方策を講じた。 ①国内研究機関の蔵書を最大限利用する。②インターネットを通じてデジタルで入手可能な史料を徹底的に収集する。③海外の美術館と頻繁に連絡をとり、研究上重要な作品については、高画質デジタル画像を入手する。④現地調査を比較的必要としない、同時代の史料分析を研究の主眼に据える。⑤海外での調査再開に備え、研究費の使用をできる限り抑制する。⑥新規の現地調査を断念する代わりに、これまで入手した資料を一層精査することにより、現地調査再開に向けた準備を万全に整える。⑦国内外の研究者との意見交換や研究成果発表に、Zoom等のオンライン・プラットフォームを積極的に活用する。 こうした様々な工夫によって新型コロナウィルス感染拡大が引き起こした弊害をできる限り減じた結果、昨年度同様、研究計画をおおむね順調に進展させることができた。とりわけ、これまで収集していたヤン・ブリューゲルのプラハ滞在に関する資料を再検討した結果、ヤンが贈呈品としてプラハに持参した作品を同定し得たことは、大きな成果と考える。 次年度こそは、状況が許し次第、現地調査を実施し、再度、実作品の分析に集中して取り組む所存である。
|
Strategy for Future Research Activity |
本研究は、当初、4年の期間を計画しており、2021年度は最終年度に当たるはずであった。しかしながら、周知のとおり、新型コロナウィルスの世界的感染拡大に伴い、2020年度に引き続き2021年度も海外調査がすべて中止となり、また、最新の研究関連書籍の購入も滞った。 こうした状況下、本年度前半は、できる限り当初の計画通り研究を進めるべく、様々な方策を講じた。しかし、コロナ禍の収束の気配が全く感じられず、研究計画の十全な完遂が困難であると判断されたため、科研費の支出にふさわしい高度な研究成果を挙げるため、研究期間延長申請を行うことを早期に決断した。 国内外においてウィズ・コロナの方策も整いつつあったため2022年度の海外調査再開は可能と予測し、2021年度はできる限り研究費支出の抑制を行った。しかし、目下、ロシアによるウクライナ侵攻という思わぬ事態に直面し、ヤン・ブリューゲル(父)作品を多く所蔵する中欧への渡航が危ぶまれる状況に陥っている。 とはいうものの、こうした歴史の大転換期にあっても、科研費にふさわしい高度な研究を遂行するのが研究者の務めである以上、研究期間再延長も視野に入れつつ、国内資料やデジタル資料を駆使して、渡航再開時に効果的な調査ができるよう、万全の準備を行う予定である。また、渡航再開時には、ウィーン大学やアムステルダム国立美術館などこれまでに築いてきた研究ネットワークを駆使して、社会的混乱に際しても支障なく調査研究ができるよう、海外の研究機関と連携を一層緊密に行っていく所存である。
|
Causes of Carryover |
本年度は昨年度に引き続き、新型コロナウィルスの世界的感染拡大を受けて、当初計画していた海外調査を全く実施することができなかった。加えて、国際物流の混乱のため、海外の出版社・書店から研究関連書籍を購入することも控えなければならなかった。さらに、新型コロナ感染が終息すると予想される次年度に集中して海外調査を行うため、研究機関延長の申請を早期に決断し、研究費使用の抑制を図った。そのため、次年度使用額が生じたのである。 これらの経費は、次年度、コロナの感染状況が落ち着き、ウクライナ危機が終息次第、研究計画に則った研究調査を欧州で再開することにより、使用する予定である。とりわけロシアによるウクライナ侵攻は中欧を重要な研究拠点とする本研究計画の遂行に多大なる支障となると言わざるを得ない。そのため、状況次第では、科研費にふさわしい高度な研究成果を挙げるべく、研究機関の再延長申請も視野に適切な研究費の使用を目指す所存である。 幸い、昨今、美術史の領域においても電子書籍が普及しつつあり、また、古文書に関しては各地の図書館がPDF化事業を推進しているので、こうしたデジタル資料を最大限に活用し、実社会における様々な障壁を超えて研究を継続する一助とする。
|