2019 Fiscal Year Research-status Report
日本と韓国における国際美術展のグランド・ツアー・インパクトをめぐる基礎的研究
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18K00188
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Research Institution | Yamaguchi University |
Principal Investigator |
藤川 哲 山口大学, 人文学部, 教授 (50346540)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 国際美術展 / グランド・ツアー / ドクメンタ / ヴェネツィア・ビエンナーレ / ミュンスター彫刻プロジェクト |
Outline of Annual Research Achievements |
1997年、2007年、2017年と3回現象した国際美術展のグランド・ツアーについて、非欧米圏に与えたインパクトの広がりを解明することが本研究の目的である。 グランド・ツアーは、元来、17-18世紀のイギリス貴族がフランスやイタリア等の文化を学んだ大旅行を指したが、1997年以降、ヴェネツィア・ビエンナーレ、ドクメンタ、ミュンスター彫刻プロジェクトと、バーゼル・アートフェアを経めぐることを「グランド・ツアー」と呼ぶようになった。多くの美術記者や批評家、キュレーター、アーティストがこれらを周遊し、美術雑誌にも特集記事が組まれている。 本年度は、要となる「グランド・ツアー」と「ヴェネツィア・ビエンナーレ」の2つの研究テーマについて調査を進めることができ、後者について論文1本を英文で作成・公表した。 グランド・ツアーについては、一般的な説明ができる程度の知識しかなかったため、学術的な研究状況を通覧しておく必要があった。複数の基本文献を取り寄せて考察した結果、グランド・ツアーが古典古代の発見であるイタリア・ルネサンスに対する北ヨーロッパ諸国の熱狂の表れであり、古代ギリシア・ローマ、ルネサンス、18-19世紀の新古典主義を結ぶ歴史的な文化観を形成したこと、中世の巡礼や宗教関係者のヴァチカンへの赴任と接続する「旅の文化史」というより大きな研究の枠組みを持つことが理解できた。こうした理解を基に、現代の「グランド・ツアー」と対比して理論的な枠組みの再構築を進めている。 ヴェネツィア・ビエンナーレについては、2019年開催の第58回展を調査し、日本館キュレーターと出品作家の1人を山口に招いてトークセッションを行った。1999年から2019年までの展覧会図録の序文を通史的に比較検討し、グローバリゼーション時代への適応戦略としてグランド・ツアーの特設サイトが解説されたことなどを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
グランド・ツアーに関する基礎的調査の糸口が掴めなかったことが、初年度に研究を十分に進められなかった理由の1つであったが、2019年度は、韓国人留学生の協力を得て、イ・ユンファ著『グランド・アート・ツアー』(アート・ブックス, 2017年)のOCRスキャンを実施し、これをさらに機械翻訳で韓国語から英訳して内容把握することにより、R・ラッセルズ『イタリア紀行』(Richard Lassels, "The Voyage of Italy," 1670)という糸口を掴むことができた。糸口が掴めたことで、そこから関連書を読み進めて17-18世紀のグランド・ツアーに関する研究状況の把握は概ね完了することができた。現在は、17-18世紀のグランド・ツアーが新古典主義に帰結したことを参照して、現代アートの「グランド・ツアー」がそうした「規範的意義」を持ち得ているか、という問いを立て、調査の方向性をより明確にし、理論的枠組みの再構築を進めている。 2019年に開催された第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展を調査し、そのカタログ序文から、ヴェネツィア・ビエンナーレ財団会長のP. バラッタ(Paolo Baratta)が、1999年と2001年、そして2009年から2019年までという長期にわたり現職にあることが判ったので、序文に書き記されているその時々の制度変更を通史的に分析し、グローバリゼーション時代にヴェネツィア・ビエンナーレが選択した適合戦略の分析を行うとともに、2007年のグランド・ツアーに対するヴェネツィア・ビエンナーレの関わりを明らかにした。 2019年度後半は、第3期中期目標期間の実績報告書作成に時間を奪われ、上述の成果以上には研究を進めることができなかった(第1・2期の作成担当者病没により引継ぎが行われず、ほぼゼロから着手せざるを得なかったという特殊事情による)。
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Strategy for Future Research Activity |
現代の「グランド・ツアー」が、18-19世紀の新古典主義に相当する「規範的意義」を持ち得ているか、そのインパクトを解明する方向で、今後の研究を進める。 具体的には、97年、2007年、2017年のヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞について、その直接的「影響」と持続的「残響」の事例を収集し、比較分析する。ドクメンタとミュンスター彫刻プロジェクト、アート・バーゼルについて、現有の資料の整理と論点の抽出を行う。 日韓の「グランド・ツアー」体験者のリスト化とネットワーク化を進める。 新型コロナウイルス感染予防対策の状況に応じて、最終年度を1年延長することも視野に入れつつ、国際シンポジウムの開催と報告書の作成に向けた準備を進める。
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Causes of Carryover |
初年度からの繰り越し予算(旅費と謝金)に加えて、2019年度も旅費と謝金を中心に未使用額が生じた。その主たる理由は、2019年度後半に第3期中期目標期間の実績報告書作成などの事前に見通すことができなかった業務を担当することになり、十分な研究時間を確保することができなかったためである。 2020年度4-5月も新型コロナウイルス対策で遠隔授業の準備と実施に忙殺されているが、2021年度への研究機関延長も視野に入れつつ、出来ることから着実に研究を前進させていきたい。先ず旅費については、2021年度前半までにドイツのアーカイヴを調査するための海外出張が実施できなかった場合は、その分は未使用のまま国に返納する。また、韓国からグランド・ツアー関係者を招聘しての国際シンポジウムの実施が困難と判断される場合は、国内の韓国人研究者の招聘やヴィデオ会議システムを活用して実施する。謝金については、インフルエンザと新型コロナのダブル感染が心配される2020年度秋以降に備えて、8月下旬から9月末に集中して複数の学生に資料整理補助を依頼して、論点の抽出作業を完了させたい。
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Research Products
(1 results)