2019 Fiscal Year Research-status Report
ニコラ・プッサンの視覚論 - 近世フランスにおける「タブロー」の成立と展開
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18K00192
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
望月 典子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (40449020)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ニコラ・プッサン / タブロー / 歴史画 / 王立絵画彫刻アカデミー / 視覚論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、近世フランスにおける「タブロー」―― 特定の機能や場所から切り離され、枠づけられることで自律した存在となる絵画 ―― の成立と展開を「タブローとしての歴史画」の観点から問い直す試みである。とりわけ、タブローの成立に重要な役割を果たした画家ニコラ・プッサンの造形手法とそこで作動する視覚の論理(枠と視線と視距離が関わる)、および王立絵画彫刻アカデミーでの、彼のタブローをモデルとした歴史画の理論化に着目することで、西洋に特有の絵画形態である「タブロー」研究に新たな視点を提供することを目的としている。 昨年度に引続き、プッサンの中型タブローの造形システムの再構成を目指し、(1)プッサンの書簡および同時代の伝記に書かれた画家の制作手法と理論への関心についてのテキスト分析、特にフレームの問題について検討し、(2)1650年代に、プッサンがフランス人顧客のために描いた、「タウン・スケープ」と呼ばれる舞台設定を用いた宗教画を取り上げ、物語主題と形象との相互作用の分析と成果発表を行なった。 さらに、プッサンの造形システムが内包する多様性を探るため、(3)プッサン、ラファエロ、ヴェネツィア派の作品を中心に王立絵画彫刻アカデミーの講演会録を精読し、時間軸に沿ったアカデミーにおける歴史画の理論構築を跡付ける作業を行ない、(4) 18世紀から19世紀へ向けての「タブローとしての歴史画」の展開を整理するため、今年度は、新古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィッドの大型タブローによる歴史画について、プッサンとの関係を含めて詳細に分析し、論文を執筆した (来年度刊行予定)。 また (5) ルネサンスからモダニズムに至るタブローの歴史的変遷を辿る概説書の執筆を継続中で、来年度中に刊行予定である。 以上により、本研究課題の目的に向けて、文献研究と作品分析を蓄積し、いくつかの成果を出すことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2年度の研究計画の内、プッサンの作品分析とアカデミーの理論研究は、今後も継続する必要があるが、今年度のその一部について成果を発表することができた。また、刊行は来年度に持ち越されたものの、近世から近代に移り変わる時期のタブローを考える上で欠くことのできない、ダヴィッドの歴史画 (大型タブロー)についての論文を執筆し、さらに、ルネサンスからモダニズムまでタブローの歴史を辿る概説書の完成が間近である。この著作は、本研究課題でこれまでに行なってきた作品分析や理論研究に基いている。 ただし、2020年3月初旬に予定していたローマ、パリ、ヴェルサイユへの2週間の国外出張を、COVID-19の感染拡大のため断念せざるを得なかった。これは、17世紀の室内装飾 (ローマのフレスコ装飾、ヴェルサイユ宮装飾、タピスリーなど)とタブローとの関係の実地調査を目的としたものである。代わりに、国内で実施可能な先行研究のレビューと同時代資料のテキスト分析を進めているが、事態が収束し次第、現地調査を行なう予定である。以上により、おおむね順調に進展しているものの、今後の情勢によって国外出張が難しい場合には、進捗がやや遅れる可能性がある。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度の研究としては、上記 (1) のテキスト分析を継続し、プッサンの個別作品研究を継続する。特に、可動性をもつタブローという絵画形態について考察を深めるため、プッサンのタブローの評判をパリで高めたポール・フレアール・ド・シャントルーのコレクション、その蒐集室を訪れたイタリア・バロックの美術家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニのパリ滞在記などを基に、タブローの鑑賞方法と、フレーム理論を念頭においた分析を引続き行なう。アカデミー理論としては、17世紀の終りに生じた「色彩論争」を中心にテキスト分析を行ない、ロココ時代に向けての「歴史画」のあり方、画家の構想と絵画表層の効果との関係を、油彩のタブローを軸に検討する。 さらに、ヴェルサイユ宮の装飾と、フランス絵画の特徴的形式と言える「大型歴史画」の展開を辿る。この時、アカデミーと連動するルイ14世治下での、王宮室内装飾 (タピスリーを含む) とタブローの関係が重要であると考えられるため、情勢が許せば、今年度実施できなかったローマ、パリ、ヴェルサイユでの調査を行なう。王立絵画彫刻アカデミーは、同業者組合の束縛を離れるために設立された組織であり、精神的で高貴な芸術が求められたが、ルイ14世治下、手職に結びつくタピスリーは、重要な産業として、また王を称揚する手段として生産され続けた。タピスリーを含めた「装飾」の問題は、19世紀以降のフランス美術の動向とも結びつき、タブロー (タピスリーにはタブローの複製という意味もあった) を考える上で、重要な視点である。こうした点を念頭に、国外での作品の実地調査と史料調査を行いたい。COVID-19の状況により、3年度も国外出張が困難な場合には、国内で可能な先行研究のレビューと同時代資料分析を中心に進めて行く。また、それぞれの個別の研究成果は、随時、口頭発表あるいは論文として刊行して行く予定である。
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Causes of Carryover |
2020年3月初旬に2週間の予定で計画していた国外調査(イタリア・フランス)を、COVID-19感染拡大のため、断念せざるをえず、旅費分の使用額が次年度に回ることになった。情勢が許せば、2020年8月ないし9月に今年度計画していた国外出張を実施したい。他の使用計画については変更せず、3年度目の国外調査は、2021年3月に実施する。
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Research Products
(1 results)