2020 Fiscal Year Research-status Report
ニコラ・プッサンの視覚論 - 近世フランスにおける「タブロー」の成立と展開
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18K00192
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
望月 典子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (40449020)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ニコラ・プッサン / タブロー / 歴史画 / 王立絵画彫刻アカデミー / 視覚論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、近世フランスにおける「タブロー」―― 特定の機能や場所から切り離され、枠づけられることで自律した存在となる絵画 ―― の成立と展開を「タブローとしての歴史画」の観点から問い直す試みである。とりわけ、タブローの成立に重要な役割を果たした画家ニコラ・プッサンの造形手法とそこで作動する視覚の論理(枠と視線と視距離が関わる)、および王立絵画彫刻アカデミーでの、彼のタブローをモデルとした歴史画の理論化に着目することで、西洋に特有の絵画形態である「タブロー」研究に新たな視点を提供することを目的としている。 本年度は、(1) これまで継続してきたテキスト分析や作品分析を統合し、ルネサンスからモダニズム至るまでの「タブローとしての歴史画」について、プッサンの視覚論を軸に、フランスでのその歴史的変遷を辿る著作『タブローの物語』を刊行した。現段階での本研究課題の集大成である。(2) 17世紀の終りに、アカデミー内外で生じたいわゆる「色彩論争」についての言説を分析し、ロココ時代に向けての「歴史画」のあり方、画家の構想と絵画表層の効果との関係を検討した。その成果は、ロジェ・ド・ピールの彩色に関する理論を取り上げた論文に生かしている。 (3) 近代に向け、「タブローとしての歴史画」の展開を考える上で重要な画家、ジャック=ルイ・ダヴィッドの大型タブローに関する論文を発表した。(4) プッサンのタブローと、アカデミーに連動するルイ14世治下の王宮室内装飾 (タピスリーを含む) との関係は、本研究課題の重要な観点であり、資料調査を継続中だが、その成果の一部として、プッサンが、ラファエロの下絵によるシスティーナ礼拝堂用タピスリー連作を参照しながら、その物語構造をいかに中型タブローへと変換したのかを分析し、その結果をシンポジウムで報告した。以上、本研究課題の目的に沿った複数の成果を出すことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
3年度の研究計画の内、これまでの調査結果と研究成果に基づき、「タブローとしての歴史画」のフランスでの変遷を辿る著作および、ダヴィットの大型タブローによる歴史画に関する論文を予定どおり刊行した。また、プッサンの作品分析とアカデミーの理論研究については、今後も継続するが、今年度はロジェ・ド・ピールの色彩論についての分析を用いた成果を発表することができた。また、装飾とタブローの関係という観点から、室内装飾の内、タピスリーの問題についての分析を進めることができた。プッサンはルイ13世の招聘でパリで国王首席画家として活動した際、恐らくラファエロの下絵に基づくシスティーナ礼拝堂用タピスリー連作 (当時、フランスには王室コレクションとして、16世紀にフランソワ1世がフランドルの工房に依頼し、ラファエロによるカルトン、あるいはその作業用コピーから織らせたセットが存在していた。) と一緒に飾ることが意図されたタピスリー連作用下絵の委嘱を受けている。その計画は結局実現しなかったものの、プッサンのタブロー制作 (つまり視覚の論理) に影響を与えたと考えられ、その分析の一部をラファエロに関するシンポジウムで報告した。このように本年度に予定していた計画はほぼ達成したと言える。ただし、COVID-19の感染拡大のため、ローマ、パリ、ヴェルサイユでの作品および資料調査は実施できなかった。タピスリーや室内装飾 (ローマのフレスコ装飾、ヴェルサイユ宮の装飾など) は、タブロー以上に、写真だけでは全体を把握することが困難であるため、現地での調査は本研究課題にとって必要不可欠である。今後、最終年度に向けて、国外調査の実施が難しい場合は、進捗が遅れる可能性がある。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度での総括を念頭に、プッサンの中型タブローの造形システムの再構成を目指し(1)プッサンの書簡および同時代の伝記に書かれた画家の制作手法と理論への関心についてのテキスト分析、個別作品分析を継続する。特に、プッサンの造形システムが内包する多様性を探るため、結果的に実現しなかった彼のタピスリー計画について分析を進め、タブローとの関係をより詳細に検討する。 (2) プッサンが1650年代に制作した宗教画には、ラファエロの下絵によるシスティーナ礼拝堂用タピスリーを参照していることが明らかな作品が複数存在する。その内の2作品については、すでに口頭発表を行っており、それらを論文として刊行すると同時に、残りの作品を取り上げ、大型装飾としてのタピスリーを、美術愛好家のため鑑賞用中型タブローに変換する手法について、造形的側面と意味・機能の側面から分析する。 (3) アカデミー講演会録の精読とアカデミーにおける歴史画の理論構築を跡づける作業を継続するが、本年度は特に、プッサンのタブローを基に織られたタピスリーを具体例に、タプローとタピスリー装飾という機能と形態の違い(ただし可搬性は共通である)や、素材と画面スケールの違い等の観点から、下敷となっているタブローと織り上がったタピスリーの比較を試みる。それによって、プッサンの中型タブローの特質とその造形システムがより鮮明になるはずである。(4) また、シャルル・ル・ブランによる、大規模室内装飾と、プッサンの中型タブローの視覚システムの相違について、先行研究や同時代資料を基に調査をさらに進める。ただし、タピスリーや室内装飾は、実見しての調査が必要不可欠であるため、COVID-19の状況次第ではあるが、国外調査を年度内に実施し、研究全体を統合する報告書の作成に反映させる予定である。なお、個別の研究成果は随時、口頭であるいは論文の形で発表していく。
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Causes of Carryover |
2019年度、2020年度に国外調査を予定していたが、COVID-19の感染拡大のため、実施することができなかった。その国外調査費分の助成金が未使用になっており、次年度使用額が生じている。2021年度にCOVID-19が収束し、国外調査が可能な状態になったならば、8月末から9月あるいは2022年3月に(場合によっては両期間に)、3週間程度の予定で調査を実施する。その他の使用計画については変更しない。国外調査は本研究課題にとって必要不可欠であるが、今後の感染症の状況については見通しが全く立たず、調査対象となる宮殿や邸宅、聖堂等の施設、美術館、図書館、古文書館ほかでの調査の可否も不明であるため、調査計画を現時点で立てることは難しい。状況によっては研究期間を1年延長することも視野にいれて、対応していきたい。
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Research Products
(4 results)