2020 Fiscal Year Research-status Report
天平彫刻における造形的共通規範とその運用に関する研究
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18K00195
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Research Institution | Kyoto Tachibana University |
Principal Investigator |
小林 裕子 京都橘大学, 文学部, 教授 (30409601)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 天平彫刻 / 仏像 / 奈良時代 / 造東大寺司 / 官営造仏所 / 画像計測 / 造形的共通規範 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、奈良時代の寺院造営を担う役所であった造寺司の下位組織「官営造仏所」には仏像制作の造形的共通規範が存在したことを明らかにするものである。この目的に沿い、1仏像の各箇所の法量の写真計測、2造形的共通規範の検討、3規範をもとに工人が作業前に制作した下図(したず)の実態を明らかにする、4文献にみえる造仏記事から下図(したず)とマネージメント面を考察する、5東アジア各地の作例も検討する、6発表、というプロセスで進めてきた。 実際には、1年目でデータの収集整理を実施し、従来収集してきたスキャン画像の整理、新たな画像スキャン、国内寺院での仏像撮影を行なった。2年目には、画像加工と文献収集整理、国内調査によるデータ取得を行なった。これらと平行して数種類の写真計測ソフトウェアで仏像各所の法量を計測し、本研究のメインである造形的共通規範を導くべく実験を重ねた。 今回報告する3年目の実績としては、対象物のかきおこし図作成及び法量計測の手段として倉敷紡績「Kuraves-MD」を導入が挙げられる。Kuraves-MDは本来建造物検査に用いるソフトで、最低2枚の画像をもとに対象物を3次元データにし、写真計測が可能となる。Kuraves-MDを導入してはじめて、同ソフトは撮影環境とカメラのキャリブレーションデータの有無によって計測誤差に大きな影響がある、という点を把握した。Kuraves-MDは本来の用途が写真計測でないため、紙焼きスキャンデータ(キャリブレーションデータなし)と直接撮影画像(キャリブレーションデータ有)の計測における誤差がかなり異なる。紙焼きスキャンデータでも計測は可能であるが、本研究の性質として正確なデータの取得がのぞましい。2020年度は新型肺炎のために現地調査がままならず、報告者が求める画像を入手することができなかったため、本研究は2021年度まで延長することとした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究における2020年度の活動は大別して2点ある。まず1点目は学部生アルバイトによりAdobe Illustratorを用いた仏像のかきおこし図作成を進めた。2点目は、Kuraves-MDの開発担当者とともに紙焼きスキャンデータ(キャリブレーションデータなし)と直接撮影画像(キャリブレーションデータ有)の写真計測方法の検討を重ね、直接撮影画像の法量計測を進め、画像分析を行なってきた。 例えば、中国の作例をみると、東魏の蝉冠菩薩立像は髪際顎が1単位となってグリッドを引くことができる。これをもとに同様の単位で分割できる作例は中国の6世紀以降に多々みられる。古代ギリシャ彫刻や中国始皇帝陵兵士俑の頭部と身体の比率は1:7、つまり八頭身であるというが、髪際が基準となる仏像では髪際顎と髪際高の比率はおよそ1:8である。アメリカのG・ロビンズ氏や日本の安岡義文氏をはじめとして、エジプトの造形物におけるグリッド・システムの運用と発展がかなり明らかにされてきているが、日本の仏像では太田古朴氏、長谷川誠氏の研究にみられるくらいである。しかも太田、長谷川両氏の分析では、グリッドを引くことが何を意味するのか、その源流や用途、運用までは検討されていない。そもそも多数の彫刻を短期間で生み出すには、西洋にみられるようなモデュールシステムのごとき運用が存在していたと想定される。本研究では現代の情報と技術を用いて、まずは先行研究を援用しながら中国、朝鮮半島、日本の作例をグリッドに当てはめ、グリッドの運用がどこまで波及するのか明確な数値を提示したいと考え、実験を続けている。 しかしながら2020年度より、コロナの影響で海外渡航や国内遠方への調査がかなわず、キャリブレーションデータを有する画像取得に苦労している。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では研究内容に中国、韓国での現地調査を盛り込んでいた。すでに2年目、海外調査が出来ない事情に加え、2020年度もコロナの影響による調査実施がかなわず、当初の計画を遂行できない状況にある。そこで国内でできることをまず確実に行ない、そのうえで状況に変化があれば海外調査に出ることとする。幸いにも昨年度より学内研究課題で理系研究者と協同し、美術工芸品調査に機動力のある赤外線カメラを導入した。このように調査に出られないマイナス点ばかりでなく、新たな面から実験画像を取得していくつもりである。2021年度実施予定の項目は、1 キャリブレーションデータを有する実験画像及び赤外線画像の取得。2 Kuraves-MDによる画像解析。3 人体比例論をテーマとする様々な時代、地域の先行研究分析。4 正倉院文書における造寺司関係の記述データの充実化。5 報告書執筆。以上5点である。 本科研最終年度である本年の着地点としてとくに強調したいのは、仏像を数値化することはあくまで手段であり、数値から技法、政治的人員配置、工人組織など多角的に古代史を読み解くことである。報告者は、仏像を制作する工人たちがシステマティックに作業をしていたことを客観的にとらえたいと考えてきた。平安時代以降の木彫仏には針穴のような小さな「錐点」が目印として打たれるため、例えばAからBの距離の5倍が仏像の高さ、といった目安があったことがわかっている。しかし平安時代以前の仏像は塑像や金銅、乾漆といった土をマテリアルとするものであるがために「錐点」がのこらず、工人間の約束である造形的共通規範が不明であった。奈良時代の仏像制作の実態を掴むことができれば、当時の仏像を復古的に好んだ鎌倉時代の仏師の活動にまで理解を広げることが可能となる。制約の多い状況ながら、当初の目標を完遂すべく活動していく。
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Causes of Carryover |
コロナの影響により国内外の現地調査に行けなかったため、2021年度に調査に出るための旅費として使用する。
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Research Products
(2 results)