2018 Fiscal Year Research-status Report
Studies on Writers' International Interactions and Representations of Asia on the Basis of Sato Haruo's Previously possessed Materials
Project/Area Number |
18K00289
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Research Institution | Jissen Women's University |
Principal Investigator |
河野 龍也 実践女子大学, 文学部, 教授 (20511827)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 近代文学 / 国文学 / 植民地 / 草稿研究 / 国際情報交換 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度中は、博士論文とそれ以降に発表した佐藤春夫関連の論文を取り入れ、書下し2章と新資料を加えて全面的に改稿を施した単著『佐藤春夫と大正日本の感性:「物語」を超えて』の刊行を研究活動の中心に据えた。「田園の憂鬱」に代表される、「自我」や「無意識」を追究する小説作法の獲得過程に関する研究と、春夫の外地・外国紀行文の批評性を実証的に分析する研究との統合は、研究代表者において長年の懸案事項であった。だが、本書の編集過程を通じて両者の間にようやく脈絡を見出すことができ、佐藤春夫という作家の時代性と創作原理を深く理解することにつながった。 少年時代、いわゆる「大逆事件」(幸徳事件)への憤りを表明した「愚者の死」で、春夫は「危険と遊戯を愛する者」というニーチェの用語を用いている。そして「日本人ならざる者」とされた刑死者を逆に「超人」と見なし、彼への畏敬の念を語る所から文学者として歩み始めたのである。自己の「無意識」を掘り下げる「田園の憂鬱」やその周辺作にも、感性の「故郷」(出自)を西洋に求めるテーマが底流しており、大正青年のコスモポリタニズムをよく表現している。 どこにもない「故郷」を探し求める精神の活動は、「放浪」への憧れと表裏一体のものである。台湾・福建紀行文は、この無国籍的な立場からの公正な眼差しが、優れた批評精神として発揮されたものと言える。「無意識」の探求という一見異なるテーマとの強い結びつきは、このような形で理解することができるだろう。 だが、一方で春夫は、「日本」あるいは「熊野」という現実の出自を「棄てる」ことによりもたらされる疚しさの意識にも、無自覚ではいられなかった。「「風流」論」や昭和期の活動に見られる伝統回帰のモチーフは、この疚しさに由来するというのが、ここで提唱する春夫像である。本研究の方向性を春夫研究の全体から俯瞰できるようになった点に大きな意義がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の柱は、A:佐藤春夫遺品資料の分析と、B:台湾・福建紀行文の登場人物の子孫に対する訪問調査の2つである。 計画初年度にあたる2018年度は、膨大な数が残されていた原稿(草稿)・ノート等の分類と写真撮影に作業を集中させた。これにより、作品名の特定や執筆時期の推定を軸とする検証と、リスト作成の基礎を築くことができた。 一方、台湾・福建紀行文に関する訪問調査は、新規に着手することができなかった。しかし、これまでに知り合った関係者から新たな資料提供が続いている。新発見の資料は、論文形式で報告を継続し、紀行文の注釈に必要な基礎情報の蓄積を着実に積み重ねている。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度には、台南の国立台湾文学館で、佐藤春夫の台湾・福建訪問100年を記念する展覧会の開催が決定している。2019年度は、この会に活用することを短期目標として調査研究を進め、図録ほか刊行物の準備、新宮市立佐藤春夫記念館を含めた展示計画の打ち合わせなどが研究活動の中心になる。展覧会では、佐藤春夫をめぐる現地人脈の掘り起こしと、春夫文学を通じてみる植民統治の再検証を主要なテーマとしている。これは本課題を包括して、研究代表者が長い間進めてきた春夫研究の成果を社会に還元するきわめて貴重な機会となる。 展覧会の開催は、2020年4月から11月を予定している。この間に参観者から寄せられた情報は、佐藤春夫の100年前の旅をめぐる新たな人脈探究の大きな手掛かりになるはずである。関係者子孫への取材を進め、提供された家族写真や証言を文書化するとともに、佐藤家所蔵資料と合せて資料集の出版計画を進める予定である。以上の活動を経たうえで、2021年度以降には、春夫のアジア観・アジア紀行の意義を広い視野から分析した単著の出版へとつなげていきたい考えである。
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Research Products
(3 results)