2018 Fiscal Year Research-status Report
戦国武家の家門形成に果たした漢籍の役割研究-子部・集部の蒐集を中心にー
Project/Area Number |
18K00345
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
磯部 彰 東北大学, 東北アジア研究センター, 名誉教授 (90143841)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 徳川家康 / 御文庫目録 / 紅葉山文庫現存本 / 御譲本 / 朝鮮宣賜本 / 金沢文庫本 / 豊臣秀次蔵書 / 富山藩蔵書 |
Outline of Annual Research Achievements |
戦国大名家の書籍蒐集は、豊臣秀次の典籍蒐集を出発点とする。そのため、伏見時代の公家・戦国大名と秀次蔵書の関係について研究を進めた。徳川家康及び秀忠の所蔵漢籍がその目安となるため、『御文庫目録』と紅葉山文庫現存本、『御書籍来歴志』、『右文故事』から伏見慶長時代の徳川家蔵書形成を検証した。『御文庫目録』には、寛永十六年までの紅葉山文庫蔵書が一括され記録される。その点を念頭に置き、伏見慶長時代までの蔵書蒐集を検討した結果、家康の秀忠御譲本、駿河御譲本に含まれる朝鮮宣賜本、金沢文庫本が蒐集の中心となることを明らかにした。つまり、家康の家門形成時の書籍蒐集は朝鮮本と金沢文庫本が柱に据えられ、秀忠時代は、林家が戦国時代の軍師と同様な立場で書籍蒐集に努め、羅山以下が広範な漢籍蒐集を進めた点を探り出した。 伏見時代の漢籍和書の蒐集は、武家が公家集団と並ぶ位置に引き上げられ、学問教養の保持を示す書籍が必要であった点にある。当時、金沢文庫本は大名蔵書の中でも特異な位置づけを持ち、それが豊臣秀次蔵書に遡ること、武家関白制における官位の裏付けにその典籍が一定の役割を持つ点を摘出した。 家門形成が完了した寛永時代、将軍家では家康神格化のための伝記作成が企画され、天海僧正の指揮の下で書籍蒐集が進められ、蒐書漢籍が子部集部に拡大した点も突き止めた。 戦国大大名の浅野家、前田家も、寛永期、漢籍和書の蒐集を進めていた。その背景の一つには、徳川将軍家との姻戚関係があったためと推定した。前田家では、朝鮮本、両班所蔵と思しき漢籍を持ち、その一部が豊臣秀次旧蔵ではなかったかと推測する資料を得た。秀次旧蔵本の離散を考える時、五大老前田家蔵書が鍵になる。加賀藩・大聖寺藩蔵書は明瞭である反面、富山藩蔵書は不明な点が多いため、藩の学問史と関係づけて蔵書の流転を解明し、前田家蔵書研究を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
戦国大名家の展開は、単に個別で行うのではなく相対的な把握も必要である。九州・中国地方の戦国大名家は、古くから日朝貿易を通して、朝鮮大蔵経などを輸入していた。九州の戦国大名のうち、佐伯藩毛利家・人吉藩相良家の書籍蒐集が、豊臣秀次の漢籍・朝鮮本蒐集と一定の関係を持つことに気づいた。前田家、佐伯毛利家は、朝鮮本以外に両班所蔵と思しき漢籍を持っていたが、その一部はもともと伏見時代の豊臣秀次旧蔵ではなかったか。秀次旧蔵本についての離合集散はまだ明確ではなく、その蔵書の離合集散を明らかにすることは、本研究に多大な意義を持つと展望を広げた。この視点の拡大は、計画段階ではなかったことで、本研究の進展を示す。 また、五大老を務めた前田家の蔵書の中で、宗藩の金沢蔵書は尊経閣文庫に保存されるため、その流れと特色について把握をしていた。これに対して、分藩後の富山前田家の蔵書は不明であったが、本年度、研究を進めた結果、富山藩の成立時以来、家老職を務める近藤家の『近藤家系譜』などの新資料を発見をし、富山前田家の書籍が、藩校広徳館を経て、藩の学校に伝来したものの、明治元年の戊辰戦争に藩士が不在の時に焼失したことを突き止めた。一方、富山県立図書館の前田家沙蟹堂蔵書は、九代藩主前田利幹の孫で学校奉行を務めた前田則邦の旧蔵本で、廃藩置県前の富山学校の蔵書の行方と深い関わり合いがあることも分かった。これらの研究成果をもとに、富山前田家の蔵書を視野にした藩校の歴史と蔵書の行方についてまとめ、出版助成を申請し、次年度出版することを目指している。 この他、伊達家、上杉家、浅野家、庄内酒井家などの漢籍和書の資料も順調に集まりつつあり、同時に、室町時代の五山文化と書籍の関係についても解明の端緒をつかみつつある。 以上の研究成果を総合的に判断して、本研究課題はおおむね順調に進んでいると評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は、前年度に引き続き、戦国大名家から江戸時代の封建大名に続いた家の漢籍蒐集を通して、その目的について検討を進める。 伏見時代以前、戦国大名は、本草医学書・兵法書・占卜書を蒐集し、軍師・儒者として五山僧を抱えていた。徳川家・上杉家・伊達家など大大名の軍師を輩出した五山各寺院では、蘇東坡、黄庭堅、詩話等の宋文化が主流で、日明貿易を通して漢籍を輸入していた。そのため、五山文化は戦国大名の漢籍蒐集と深い関係性を持つと推定されることから、典籍文化を含めて五山文化と戦国大名との関係を解明する必要があり、この点について検討を進める。同時に、戦国大名家の漢籍蒐集の原動力となった豊臣政権の武家関白制度の下で、武家精華家が伝統的な公家の家業とどのような対応を見せ、典籍文化といかなる関係を持ったかについて検証する。とりわけ、武家の象徴となった金沢文庫本の所蔵とその離散について研究を進め、五大老であった徳川家康、前田利家、上杉景勝と金沢文庫本との関係を解明する。同時に、徳川将軍家などの朝鮮宣賜本から、秀次蔵書の集散問題を明らかにする。 また、九州の戦国大名家の漢籍蒐集で、相良氏、佐伯毛利氏の蒐集書籍には特徴が見られるため、蒐集に到った実態を解明すべく、佐賀鍋島家や柳川立花氏などの旧蔵書とともに、それら蔵書を現地調査し、関係史料・資料を入手する。 以上の研究に基づき、各大名家の蔵書調査と文献史料とを突き合わせ、豊臣秀次、徳川将軍家、相良氏、佐伯毛利氏それぞれの蔵書形成の性格について、その特色を明らかにする。同時に、伊達家と豊臣政権五大老であった上杉家について、所蔵調査と文献史料から研究展開を進める。研究成果の社会還元として、本年度に富山前田家の蔵書の歴史について出版準備をする予定である。
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