2019 Fiscal Year Research-status Report
大学と社会――19世紀中葉以降のアメリカ大学小説から現代を逆なでに読む
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18K00375
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Research Institution | Kyushu Institute of Technology |
Principal Investigator |
大野 瀬津子 九州工業大学, 教養教育院, 准教授 (50380720)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 南北戦争 / 大学小説 / 大学論 |
Outline of Annual Research Achievements |
1.九州アメリカ文学会第65回大会シンポジウム「<戦前>知識人のWarscape」(2019年5月12日於琉球大学)で、本研究の成果の一部を「内向するインテリ―南北戦争小説の内なる戦い―」というタイトルのもと、口頭発表した。同発表では、イェール大卒業生を主人公とする二つの南北戦争小説―ベンジャミン・ウッドの『ラファイエットの砦ーあるいは愛か分離』(1862)と、ハーヴァード大学生を主人公とするフレデリック・ローリングの『二人の学友』(1871)を取り上げ、理念や観念に囚われるあまり身近な人々の心情や身近に起こっている暴力を顧みないインテリの姿を炙り出し、私たち研究者も抽象概念に向かうその内向性が暴力に結び付くことのないよう、具体的な現実に根ざして思考する必要がある、と論じた。 2. 学会誌『Kanazawa English Studies』第31号に、本研究の基盤となる論文「大学とは何か―イェール報告とCharles William Eliotのハーヴァード大学長就任演説を読み直す―」を投稿した(2020年3月31日発行)。同論文では、本研究で扱う大学小説の舞台となる19世紀アメリカで影響力をもっていた二つの大学論―イェール報告(1828)とハーヴァード大学長エリオットの学長就任演説(1869)を比較し、以下の類似性を明らかにした。(1)一般社会との連動に前向きである、(2)社会的要請を改革の根拠としない、(3)「精神の陶冶」論に基づき、自律的批判的思考を大学教育の使命と考える、(4)特定の学問系を特権化しない、(5)学知による啓蒙を大学の社会的役割とみなす。これらの理念が改革を余儀なくされている現在の日本の大学に欠如している点を指摘するとともに、大学改革批判が現状打破につながらない以上、一人ひとりの研究者が一般市民の取り組みと手を携えて学術の面白さを伝えていくことが重要であると結んだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究の目的は、1)19世紀中葉以降のアメリカ大学小説が大学の有用性・独立性をめぐる問いにどのように応答しているかを明らかにすること、2)独立性を失い大衆化の一途をたどる21世紀現在の日本の大学について再検討し、大学論の分野にも貢献すること、の2点であった。2019年度は論文「大学とは何か」で19世紀アメリカで影響力のあった二つの大学論の比較を通し、改革を迫られ続けている現在の大学で、批判的思考の養成がおざなりになってしまっているのではないか、学知の社会的意義を十分訴えられていないのではないか、等の問題点を明らかにした。さらに大学と一般社会の協働に大学の未来を見出すこともできた。これは昨今の大学論・大学研究にも一石を投じる視点であり、本研究の目的2)は現段階である程度達成されたと考えている。 ただし目的1)に関しては十分進んでいるとはいえない。というのも、当該年度は新たな大学小説『二人の学友』を取り上げたものの、シンポジウムのテーマ「<戦前>知識人のWarscape」に引きつけた考察となり、大学の有用性をめぐる議論に至らなかったからである。また前年度に口頭発表した三つの大学小説―『ボストンの美女』(1844)、『ネリー・ブラウン』(1845)、『矯正された学生』(1844)―についての考察を進めたものの、論文の形にまとめることはできなかった。 以上の点に鑑みると、本研究の進展は「やや遅れている」と判断するのが妥当である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の目的を達成するため、以下の計画で研究を進める。 2020年度は、2018年度にビルドゥングスロマン(教養小説)との連関で口頭発表した19世紀中葉の三つの大学小説を、大学はモラル教育の場として役に立つかどうか、という問いへの応答として読み直し、その成果を査読付き学術誌に投稿する。次に、2019年度にシンポジウムで扱った小説『二人の学友』を、大学生の南北戦争従軍という歴史的背景だけでなく、同時代の大学における規律教育との関連も含めて分析し直し、翌年度の口頭発表に向けて準備する。 2021年度は、新型コロナウィルス感染症をめぐる事態が収束した暁には 『二人の学友』についての論考を国際会議で口頭発表し、それを論文の形にまとめ、査読付き学術誌に投稿する。 2022年度は、大学や学術をテーマとするシンポジウムを開催し、『フェア・ハーヴァード―アメリカの大学生活の物語―』(1869)における大学表象について口頭発表を行うとともに、大学研究や科学技術史の専門家、一般市民と学術の今後について話し合う。できればその口頭発表の内容を査読付き学会誌に投稿し、これをもって本研究の集大成とする。
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Causes of Carryover |
2019年度中に国際会議で口頭発表しようと調査したところ、領域横断的な性格をもつ本研究の発表の場として適当な"Eighteenth International Conference on New Directions in the Humanities" (2020年7月1日~7月3日、於イタリア ラフォスカリ大学)が見つかったため、これに応募し、梗概の査読を経て発表が決定した。航空費、学会参加費、宿泊費が高くつく見込みだったので、2019年度はシンポジウム発表のための出張や書籍代のみの出費に抑えた。その結果、予算を大幅に繰り越すことになった。なお、新型コロナ感染症の拡大により先の国際会議の現地開催がなくなったため、この分の海外出張費については、2021年7月にスペインのコンプルテンセ大学で開催予定の同じ組織主催の国際学会で使用する予定である。2020年度の経費使用計画は新型コロナ感染症の状況次第であるが、もし国際的に収束した場合には、アメリカの大学図書館に一次資料の収集に行きたいと考えている。国内でのみ収束した場合には、大学史研究会や大学教育学会など、本研究と関わりが深いと思われる様々な国内学会に出席し、研究の裾野を広げたい。
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Research Products
(2 results)