2021 Fiscal Year Research-status Report
Burlesque and Popular Culture in the Eighteenth Century Britain
Project/Area Number |
18K00380
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Research Institution | Surugadai University |
Principal Investigator |
海老澤 豊 駿河台大学, 法学部, 教授 (90298307)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 英詩 / バーレスク詩 / 18世紀 / スペンサー |
Outline of Annual Research Achievements |
スペンサーのパロディという観点から、アレキサンダー・ポープ初期の習作「横町」を取り上げた。これはスペンサー連の形式を用いて書かれた、わずか6連からなる小品であるが、ロンドンのイーストエンドを探訪するという体裁を取って、そこで暮らす労働者階級の猥雑な日常を描いている。夢幻的なスペンサー連の形式を取って、このような野卑な主題を扱うことが、ポープにとっては一つの新たな発想であった。鳥やせせらぎや木の葉のこすれる音などが一体となったスペンサーの描写を逆手に取り、ポープは泣きわめく子供や怒鳴り合う女たち、吠えたてる犬などの耳障りなハーモニーを描いて見せる。 やはりスペンサーのパロディであるマーク・エイケンサイドの「ヴィルトゥオーソ」は、18世紀に出現した似非科学者にして古物収集家の姿を描いている。彼は解剖学者として近隣の虫や小動物を絶滅させ、古代ローマの硬貨や衣装について知悉し、彼の研究室にはクロコダイルやミイラ、空気ポンプやプリズムなどが所狭しと置かれている。『妖精の女王』第二巻における「節制の館」のパロディと思しき連などもあり、若き日のエイケンサイドがスペンサーに親しみ、その文体や表現を我がものにしようとした痕跡が明らかである。 18世紀当初において、スペンサーはアリオストに倣った空想癖やまるでチョーサーを思わせる古語の頻用によって、必ずしも高い評価を受けていなかったが、1715年に出版されたヒューズ編纂の『スペンサー全集』はこの傾向をすっかり覆した。ヒューズはスペンサーの寓意や表現をゴシック建築に喩え、これを古典建築に喩えられるアリストテレス以来の批評観で論じることの誤りを強調した。かつてはスペンサーに否定的であったアディソンも、ヒューズの論考によって考え方を改め、『妖精の女王』の寓意などを高く評するようになったのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初予定していた計画のおよそ8割までは着手することができている。まずはバーレスク詩の源流となった伝ホメロスの「蛙と鼠の戦い」、ホメロスの表現から生まれた「ピグミーと鶴の戦い」を始めとして、イタリア詩人ヴィーダの『チェスの試合』とタッソーニの『バケツの略奪』、ボワローの『書見台』やガースの『薬局』を取り上げて論文にした。 次に嗜好品を主題にしたフィリップスの「光り輝くシリング銀貨」、テイトやモットーの茶に関する詩、フェントンの『穀物酒』とゲイの『葡萄酒』、キングの『料理法』について論文にまとめた。 バーレスク詩の頂点であるポープの『髪の毛略奪』を皮切りに、ゲイの『扇』、シュートの『ペチコート』、ラムジーの『朝の会見』、ジェイコブの『スモックの略奪』、ホークスビーの『付け黒子』、ブリヴァルの『服飾の技法』、ジェニンズの『舞踏術』など、上流社会におけるファッションと欲望の関係をバーレスクの手法で描いた作品群も論文にまとめた。 スポーツを主題にしたバーレスク詩として、アディソンやサマヴィルの「転球場」、コンカネンの『フットボールの試合』、マシスンの『ゴフ』(ゴルフ)、ホワイトヘッドの『ジムナジアッド』(ボクシング)を取り上げ、古典叙事詩の戦闘場面における表現などを援用した、これらの作品について論文にまとめた。 最後にスペンサー連を用いて書かれたポープの「横町」、エイケンサイドの「ヴィルトゥオーソ」、ウエストの「旅行の悪弊について」、シェンストンの『女教師』、トムソンの『怠惰の城』を取り上げて、18世紀の詩人たちがスペンサーをいかに消化して新たな作品を作り上げたかを考察して論文にまとめた。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の目的はほぼ達成できたように思われるが、今後は1冊の著書にまとめるべく、それぞれの論文を推敲していくことになろう。本文だけで25万語に及ぶために、推敲には相当に時間を要すると予想される。 最初に分析や考察の対象に考えていた作品のうち、諸事情によって取り上げることを断念したものも少なくない。ポープの『ダンシアッド』はその膨大な量や注釈に加えて、内容が刊行予定の書籍と必ずしも一致しないことが判明し、これについては別の機会を待ちたい。 またポープの『髪の毛略奪』に触発して書かれた作品群も数多あり、ベイコンの『凧』、バーフォードの『集会』、サーストンの『化粧室』などは他の作品と同名異曲という感が強かったために対象から外した。 スポーツを題材にした作品として、サマヴィルの『ホビノル』、ジェイムズの『レスリング』、ラヴの『クリケット』についても、適正なテキストが入手できなかったり、競技のルールが細部まで理解できなかったりしたために断念した。 ホラティウスの『詩論』のパロディとして書かれた、ブランストンの『政治の技法』、ミラーの『おどけホラティウス』、グウィンの『建築術』、ドズリーの『説教術』などは、バーレスクというよりも諷刺の要素が強く、18世紀当時ならまだしも、現代に取り上げる意味合いはほとんどないと判断されたので、これらについても外した。 当初の計画に比べると2・3割は縮小することになったが、嗜好品、ファッション、スポーツという三本柱に加えて、ミルトンとスペンサーのパロディを盛り込んだ著書は、それなりにまとまりを持ったものになると自負している。
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