2018 Fiscal Year Research-status Report
英国歴史小説の転回――19 世紀『ウェイヴァリー叢書』の正典化とモダニスト的応答
Project/Area Number |
18K00382
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
松井 優子 青山学院大学, 文学部, 教授 (70265445)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 英文学 / 歴史小説 / 文化史 / ウォルター・スコット |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ウォルター・スコットの歴史小説『ウェイヴァリー叢書』の19世紀における正典化の過程や、それに対するモダニズム期の戦略的応答について考察している。まず、20世紀半ばの『叢書』出版空白期における『叢書』の一般的受容を概観する作業として、20世紀前半のモダニスト・ルネサンス期から、2014年の独立を問う住民投票実施の時期にかけて出版された、スコットランドの分権ないし独立をテーマとした小説群におけるスコット観や『叢書』利用について検討し、特に分権成立前後までに出版された作品とそれ以降の作品とでは、『叢書』評価や利用の力点に変化がみられることを確認した。 次に、19世紀半ばから後期にかけての英語圏における『叢書』の「正典」としての位置付けの実態の把握に努めた。なかでも、Stopford Brooke, George Saintsburyら、この時期に出版された英文学入門書や小説史に関する資料を収集、参照し、それらにおけるスコットや『叢書』の位置づけ、評価の特徴について検討した。その結果、いずれも、『叢書』批評に相当の紙幅を割き、文学作品として一定の欠点をあらかじめ認めつつも、小説の文学的地位の向上や一般的普及におけるスコット作品の革命的な貢献を最大限に評価していること、また、それらの評価は、大学教育用の学術的文献のみならず、小学校教科書、公務員試験用手引書、成人教育用講座等においても同様であることなど、19世紀ブリテン社会全般における『叢書』の正典的地位が確認された。また、『叢書』評価の具体的特徴や共通点の分析からは、19世紀を通じて小説史における『叢書』の高い評価は変わらないものの、19世紀半ばの全般的評価から、19世紀末には『叢書』を特定のジャンルに位置付ける傾向にあり、それがモダニズム期における『叢書』受容の変容や利用と関連している可能性について検討を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
19世紀半ばからモダニズム期にかけての英文学入門書や小説史について、資料調査、分析をおこなう過程で、収集、検討対象とすべきと考えられる文献が当初の予定より増えたこと、また、特に、20世紀前半にかけて出版された、歴史小説の考察のみを対象とする文献や、歴史教育の分野から歴史小説の有用性を論じる関連の評論が多数新たに見つかった。これらはいずれも、20世紀初頭における歴史小説の受容の転換にとって重要な意義をもつ資料と思われ、これら新資料の参照に、計画していた以上に時間がかかっている状態である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の計画としては、まず、引き続き、モダニズム期にかけて出版された英文学入門書や小説史、および歴史小説論について、新たに見つかった資料をふくめて整理するとともに、特に19世紀末の大衆読者層の台頭や歴史小説の大量出版という観点を軸に、これらの文献での『叢書』の位置づけや評価の特徴を分析し、それらが新たなモダニズム的文学観の提示と関連している可能性を検討する。 あわせて、その正典としての位置づけや歴史小説としての手法との親和性から、一方では、『叢書』が観光や、写真、映画など、新しい文学受容の例を提供したり、新技術を提示する題材として活用されることで、逆にその先駆性ゆえに、モダニスト的文学観とは一線を画する、大衆性や「非文学性」との連想を招き入れることになった代表的な例について、調査を進める。上述の小説史や歴史小説論にかかわる資料は、小説とロマンスという概念やその現代的区分の確立、普及と深く関係し、それが20世紀の『叢書』受容に大きな影響を与えたと推測されるため、より丁寧な分析を必要とすると思われる。そこで、新技術における先駆的な活用例については、より的を絞って検討することも視野に入れる。そのうえで、以上二つの現象と、スコット生誕、没後各百周年記念出版物やモダニズム期の文学評論におけるスコットや『叢書』観の変容、および戦略的利用について、文化的アイデンティティの力点の推移との関連を補助線としつつ分析し、20世紀における『叢書』受容の転回の具体的性格や、その文化的、文学史的意義について考察する作業を進める。 このため、英国ロンドンの大英図書館、同エディンバラの国立図書館、アイルランド・ダブリンのアイルランド国立図書館等にて、関連の資料を調査、収集するとともに、Modernist Studies in Asia Network他の国際学会に出席し、論点の検証に努める。
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Causes of Carryover |
2018年7月にパリ第四大学ソルボンヌにて開催された第11回国際スコット会議に出席のため、これに関連する予算を計上していたが、事情により出席を見送らざるを得なかったことが理由である。これらについては、英国、アイルランドでの資料収集のための旅費、および関連文献の購入に充当する予定である。
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