2019 Fiscal Year Research-status Report
英国歴史小説の転回――19 世紀『ウェイヴァリー叢書』の正典化とモダニスト的応答
Project/Area Number |
18K00382
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
松井 優子 青山学院大学, 文学部, 教授 (70265445)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 英文学 / 歴史小説 / 文化史 / ウォルター・スコット |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ウォルター・スコットの歴史小説『ウェイヴァリー叢書』の19世紀における正典化の過程や、それに対するモダニズム期の戦略的応答について考察している。まず、昨年度に引き続き、19世紀の英文学入門書や小説史を調査、収集し、それらにおける『叢書』の位置づけや評価の傾向を分析しつつ、20世紀前半に出版された同種の文献の調査・収集、分析につなげる土台作りをおこなった。特に、昨年度に調査が完了していなかった19世紀関連の文献の追加調査とともに、新たに見つかった歴史小説というジャンルに特化した評論や、学校教育における歴史教育の観点から歴史小説を評価する文献のリストアップと、それらでの主張や論点の整理を進めた。その過程で、同じ英文学入門書や小説史が世紀をまたいで改訂された文献においては、後続の版での『叢書』に関する記述には、ジャンル的な限定や作家像、小説技法をめぐって明らかな力点の変化がみられ、19世紀の正典としての『叢書』受容の変容がこの時期の小説観や作家観の変容の象徴的現象にして、これを顕示する役割を果たしている可能性について検討した。あわせて、この時期に歴史小説関連のガイドブックの出版、増補改訂が相次いだ事実に加え、関連の新たな資料も見つかった。上述の小説史における『叢書』評価の変容とこれらガイドブックの出版とは連動する現象と考えられるため、両者における関連の記述を比較、検討する必要性も本研究における新たな検討課題として浮上した。 また、19世紀の正典作家が「児童」向けに翻案される際の具体例やアーカイヴを用いた研究方法の注意点、幻燈や写真など19世紀の新技術と大衆的受容等について、関連の学会に出席して情報を得るとともに、旅行記における『叢書』利用の具体例や、代表的モダニスト作品における19世紀の正典としての『叢書』の戦略的使用例について考察を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
20世紀前半にかけて出版された、歴史小説というジャンルについて論じる文献や、歴史教育の分野から歴史小説の有用性を論じる新資料の収集、分析に時間が必要であったこと、これらについて、渡英のうえ追加調査を行う予定であったが、新型コロナウィルス感染拡大の影響によりこれが実施不可能となったこと、また、年度後半において、学科業務の増大により本研究遂行に充当可能な時間が減少したことが主な要因である。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度においては、前年度に引き続き、20世紀前半における小説史や小説論における『叢書』評価の変容をめぐる分析とともに、それらを歴史小説に特化したガイドブックでの『叢書』の位置づけと比較、検討し、『叢書』受容を通した、この時代における小説観、作家観の変容を考察する作業を進める。これに加え、当初、新たに1871年のスコット生誕百周年記念と1932年の没後百周年記念の各関連出版物や記念行事をめぐる記事、および、特にスコットランドとイングランドのモダニズム期の文学・文化批評や文学雑誌におけるスコット論について、大英図書館ほか、英国の各図書館にて収集、調査し、これらを『叢書』をめぐる文化的関心や文学的戦略との関連で検討する予定であったが、今般の新型コロナウィルス感染拡大の影響や学事暦の変更等により、現地での調査実施が難しくなっていることに鑑み、今年度は、入手済みの資料とオンラインにて参照可能な資料に絞って分析をおこなうことも視野に入れる。そのうえで、これらの行事や文献における、文化的ないしナショナル・アイデンティティにおける帝国からブリテンの各地域への力点の移行と『叢書』の文化的役割の変容との関係性について検討する予定である。 また、2020年6月に開催予定であった第3回世界スコットランド文学会議にて研究内容の一部を発表し、論点の検証等にあてる予定であったが、やはり新型コロナウィルス感染拡大の影響により、来年同時期に延期となった。これにともない、発表の権利は維持されつつ、発表内容の若干の改訂も許可されることとなったため、今年度における研究成果を組み込みつつ、この発表の準備を進めるよう努める。
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Causes of Carryover |
2020年3月に国外資料調査を予定し、この際に携帯するため、小型デジタルカメラや携帯用スキャナー等の購入に関連する予算等を計上していたが、調査実施の中止とともに、これらの機器の購入を延期したこと、また、学科業務増大により、関連文献の購入の選定が遅れたことが主な理由である。これらについては、調査が実施可能となった場合の旅費や機器の購入、あるいは電子版やオンラインでの資料の入手費用に充当する予定である。
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