2020 Fiscal Year Research-status Report
英国歴史小説の転回――19 世紀『ウェイヴァリー叢書』の正典化とモダニスト的応答
Project/Area Number |
18K00382
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
松井 優子 青山学院大学, 文学部, 教授 (70265445)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 英文学 / 歴史小説 / 文化史 / ウォルター・スコット |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ウォルター・スコットの歴史小説群『ウェイヴァリー叢書』の19世紀における正典化の過程や、それに対するモダニズム期の戦略的応答について考察している。2020年度は、これまでに入手済みの19世紀後半から20世紀前半にかけて出版された小説史や小説論、英文学入門書での作家スコットと『叢書』評価の変容について分析するとともに、それらを19世紀における娯楽や一般読者と関連した『叢書』受容、19世紀末の歴史小説ブームや歴史小説ガイドブックの出版といった現象におけるスコットや『叢書』の位置づけと比較、検討し、20世紀における『叢書』受容の転回の文化的、文学史的意義に関する考察を進めた。 それら『叢書』受容の分析を通して、この時期の文学受容において、知識や愉しみの源泉という19世紀の主流としての読書のありように「芸術作品」の鑑賞という要素が加わり、文学批評において批評家の性格が変化するとともに、むしろそれが優勢となって、その力点が「読まれかた」、「読み手志向」から、20世紀前半のモダニズム期にかけては、いわば「芸術家」としての作家による「書かれかた」ないし「書き手志向」の分析へとシフトし、そして、歴史小説というジャンル的特性から19世紀的な文学受容を代表していた『叢書』受容の転回こそが、この「文学」や文学批評における変化を具体化し、象徴する鍵となる事象であった可能性について検討した。あわせて、これについて、18世紀から19世紀半ばにかけて書かれた旅行記や文学観光における『叢書』利用の分析を通して、その具体例の検証を進めた。 また、1871年のスコット生誕百周年と1932年の没後百周年の際の各記念出版物や記念行事にかかわる資料をリストアップし、この時期の文化的アイデンティティにおける力点の移行と『叢書』の文化的役割の変容との関係性について検討するための基礎的な作業をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
20世紀前半にかけて出版された、歴史小説というジャンルについて論じる文献や歴史教育の分野から歴史小説の有用性を論じる新資料に関する英国での追加調査が引き続き実施不可能な状況であったことや、予定していた国際学会での研究発表が再延期となり、情報収集や論点の検証も合わせて延期とならざるを得なかったこと、また、新型コロナウィルス感染拡大状況下での学科運営において所属学科での業務が劇的に増大し、本研究の遂行に充当可能な時間が大幅に減少したことが主な要因である。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度においては、前年度までの考察をふまえつつ、19世紀後期の歴史小説ブームと『叢書』受容との関係の検討とともに、歴史小説というジャンルと文化的アイデンティティとの関係について、1871年のスコット生誕百周年記念と1932年の没後百周年記念の各関連出版物や関連記事、および、スコットランドとイングランドのモダニズム期の文学・文化批評におけるスコット論や文学作品を参照し、この時期の文化的ないしナショナル・アイデンティティにおける、帝国からブリテンの各地域への力点の移行と、歴史小説群としての『叢書』受容における文化的関心や文学的戦略との関係性についての考察を進めたい。また、2021年度にはスコット生誕250周年を迎えるにあたり、21世紀におけるスコットや『叢書』受容の「再転回」も視野に、本研究における19世紀から20世紀前半にかけての『叢書』受容の変容の把握や検証にもとづき、知識の源泉としての『叢書』が提供した歴史意識と環境意識との連動の可能性をふくめ、19世紀的な歴史小説の受容を20世紀以降、現代に接続する視点について検討する。そのため、関連の学会や研究会に参加するとともに、これまでに入手済みの資料とオンラインにて参照可能な資料に加え、現地での調査が可能になった場合には、大英図書館ほか、英国の各図書館にて関連資料を調査、収集する予定である。 あわせて、2021年6月に開催予定であった第3回世界スコットランド文学会議にて研究内容の一部を発表する予定であったが、これが2022年同時期に再延期となった。昨年度同様、発表の権利は維持されつつ、発表内容の若干の改訂も許可されることとなったため、今年度における研究成果を組み込みつつ、この発表の準備を進めるよう努める。
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Causes of Carryover |
発表予定であった国際学会が延期となり、その参加のために計上していた費用が持ち越しとなったこと、可能であれば国外での資料調査の際に携帯するため、小型デジタルカメラ等の購入に関連する予算を計上していたが、実施不可能な状況が続き、これらの購入をさらに延期したこと、また、学科業務増大により、関連文献の選定や購入が遅れたことが主な理由である。これらについては、状況が改善し、調査が実施可能となった場合の旅費や機器の購入、関連文献の購入や電子版やオンラインでの資料の入手費用に充当する予定である。
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