2021 Fiscal Year Research-status Report
英国歴史小説の転回――19 世紀『ウェイヴァリー叢書』の正典化とモダニスト的応答
Project/Area Number |
18K00382
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
松井 優子 青山学院大学, 文学部, 教授 (70265445)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 英文学 / 歴史小説 / 文化史 / ウォルター・スコット |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ウォルター・スコットの歴史小説群『ウェイヴァリー叢書』の19世紀における正典化の過程や、それに対するモダニズム期の戦略的応答の検討を通して、スコットや歴史小説の文化的役割や文学史における位置づけについて考察している。2021年度は、これらの各時期におけるスコットや『叢書』評価のありようを具体的に分析する材料として、1871年のスコット生誕百周年記念と1932年の没後百周年記念の各関連出版物や関連記事について、特にこの間の文化的アイデンティティにおける力点の移行との関係で分析するとともに、これらを2021年のスコット生誕250周年を記念する諸行事の状況や内容と比較する作業を進めた。 なかでも、1871年における英語圏や「帝国」あるいは「グローバル」なネットワークのなかでの作家スコットや『ウェイヴァリー叢書』の位置づけが、1932年にはむしろ「スコットランド文学」という文脈へ、あるいはスコットランドという特定の地域を代表する作家へとシフトし、それが2021年の時点でいかに継承ないし更新されているかについて検証を進めた。あわせて、2021年の記念行事について、スコットや『叢書』が自然との関係や歴史記述のありかたなど、現代における諸問題や類似の実践とあらためてどのように関係づけられているかを含め、20世紀後半における受容「空白期」を経て、生誕250周年記念行事が21世紀的視点からのスコットや『叢書』の新たな意義づけの機会となっている可能性について検討した。 また、その一環として、ロマン主義の時代における自然や時間概念、および「科学的記述」や、『ウェイヴァリー叢書』が提供した歴史意識を「環境」意識と連動させ、現代に接続する視点について考察、発表をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
20世紀前半にかけて出版された、歴史小説というジャンルについて論じる文献や歴史教育の分野から歴史小説の有用性を論じる新資料に関する英国での追加調査が引き続き実施不可能な状況であったことや、予定していた国際学会での研究発表が再延期となり、これにともなう論点の検証等も延期とならざるを得なかったこと、また、所属学科における業務の増大が続き、本研究の遂行に充当可能な時間が大幅に減少したことが主な要因である。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度は、引き続き記念行事関連の分析とともに、これまでに入手済みのスコットランドとイングランドのモダニズム期の文学・文化批評や文学雑誌を中心に、それらにおけるスコット論や『ウェイヴァリー叢書』論を参照し、『叢書』をめぐる文化的関心や文学的戦略について検討する。なかでも、大衆的連想や文学性、文化的アイデンティティとの関係に注目し、英文学の制度化が新たな段階を迎えたこの時期の文学の定義や文学観の提示、および文化的ないしナショナル・アイデンティティにおける帝国からブリテンの各地域への力点の移行にともなう文学伝統や文学史の戦略的再編や複数化において、19世紀的英語圏の正典的地位と大衆性の双方と結びついた『叢書』だからこそ果たしえた触媒的な役割について検討する。それらをスコットランドの分権/独立小説での『叢書』利用や、生誕250周年記念行事や21世紀に出版された新たな文学史でのスコット再評価における論点と比較しつつ、モダニズム期から20世紀後半にかけてのスコットや『叢書』受容の転回の具体的性格や文学史的意義、さらには、現代的な問題意識との接続の試みが示す21世紀における歴史小説受容の「再転回」の可能性について考察する。 そのため、関連の学会に参加するとともに、これまでに入手済みの資料とオンラインにて参照可能な資料に加え、現地での調査が可能になった場合には、大英図書館ほか、英国の各図書館にて関連資料を調査、収集する予定である。あわせて、2022年6月に再延期となった学会等での発表の準備に努める。
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Causes of Carryover |
発表予定であった国際学会が再延期となったほか、国外での資料調査、収集が実施不可能な状況が続き、これらのために計上していた費用が持ち越しとなったこと、また、所属学科業務の増大が続いたことにより、関連文献の選定や購入が遅れたことが主な理由である。これらについては、状況が改善し、学会参加や調査が実施可能となった場合の費用、および関連文献の購入や電子版やオンラインでの資料の入手費用に充当する予定である。
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