2018 Fiscal Year Research-status Report
19世紀イギリス小説史の正典形成とセンセーショナリズム
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18K00383
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
永富 友海 上智大学, 文学部, 教授 (60305399)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | Catherine Walters / pretty horsebreaker / horse-tamer / イエロー・バック |
Outline of Annual Research Achievements |
当研究の初年次にあたる2018年度は研究休暇を利用して2度渡英し、主にロンドンのBritish Libraryで、日本国内では入手不可能な Catherine Walters関連の一次史料の調査、読解、データの収集に努めた。特に、当研究において最重要の一次史料に挙げられる3冊のうちの2冊―"Anonyma, or Fair but Frail"と "Skittles in Paris"の原書にあたることができたのは大きな収穫であった。その作者であると目される当時の人気作家 W. S. Haywardが手掛けた「イエローバック」と呼ばれる廉価本は、ヴィクトリア朝の大衆文学の系譜を探るうえで極めて重要な資料であり、British Libraryが所蔵している何種類かの版のなかには色刷りの挿絵が挿入された版もあり、その貴重なデータも入手することができた。
"pretty horsebreaker"および、その名称の由来となった"horse breaker = horse tamer"に関する言説の形成と広がりを、当時の雑誌、新聞等の一次史料を基に跡付ける作業をおこなった。そのうえで、今日正典性の高い作家として位置づけられているヴィクトリア朝の小説家たちが、この階級横断的な"pretty horsebeaker"という危険分子への言及に二の足を踏みがちであったのに比して、大衆作家であるセンセーション・ノヴェリストたち、とりわけ M.E.BraddonとWilkie Collinsは大胆にも彼女たちを自らのテクストに取り込もうとしていたことを探り当て、その表象方法におけるふたりの特異性と差異を分析した。同時に、この"pretty horsebreaker"を起点とするセンセーショナリズムの言説が、いかにGeorge Eliotという正典作家に波及的効果を及ぼしたかを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画の段階で初年次に入手予定であった資料は、国内外の図書館において、すべて収集することができた。テクストの読解も順調に進み、1850~60年代のロンドンにおける "pretty horsebreaker"と"horse-tamer"という社会的言説の分析および、センセーション・ノヴェル(M. E. Braddonの "Aurora Floyd" と "Lady's Mile"、Wilkie Collinsの "The Moonstone")に見え隠れする "pretty horsebreaker"の痕跡とその表象についての論考は紀要論文として完成した。
上記論文をさらに一歩推し進め、センセーショナルな大衆作家として批評家から酷評されることの多かったBraddonが、センセーション・ノヴェリストからの脱却を図るために手掛けた小説 "The Doctor's Wife" を、当時のいくつかの社会的文化的言説― Oliphantのセンセーション・ノヴェル批判、高級娼婦に言及したEliza Lynn Lintonの批評、Isabella Robinsonの不倫の記録としての日記が披歴されたセンセーショナルな裁判事件―とのインターテクスチュアルな関係性のなかに位置づけることによって、high literatureを志向するBraddonの試みが、結果いかにセンセーショナリズムのスペクトルを拡大することに寄与したかを、当時のhigh literatureの第一人者であるGeorge Eliotの最後の小説 Daniel Derondaを構成している様々なセンセーショナリズムの言説の存在を探り当てることによって明らかにした。この論考は5月に発行される『英国小説研究』(英宝社)に掲載予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
pretty horsebreakerを題材とする、もしくはその痕跡を留めるヴィクトリア朝小説をさらに発掘する。現時点では、M. E. Braddonの未読の小説、Wilkie CollinsとBraddonに次ぐセンセーション・ノヴェリスト、Charles Readeの小説、当時の人気大衆小説作家、Ouidaの小説をターゲットとする予定である。また、George Eliot以外の正典作家のテクストのなかに、pretty horsebreakerへの接近を試みているものがないか、調査を進める。
19世紀半ばにSkittlesが登場するに至った社会的・文化的背景を歴史的見地から跡付けるために、18世紀に栄華を誇った高級娼婦たち、とりわけ Harriette Wilsonについての調査・分析をおこなう。すでに何冊かの主要な研究書は入手済みであり、今後は一次史料の発掘をおこないつつ、Harietteの日記の読解に着手し、18世紀後半から19世紀にかけて盛んになった一ジャンルとしての「女性の日記」という観点からの分析を試みる。
ヴィクトリア朝小説研究における"pretty horsebreaker"の影響についての研究は欧米においても未着手の領域であり、当研究を速やかに実行して英語論文にまとめ、該当領域の専門雑誌に投稿する。
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