2020 Fiscal Year Research-status Report
19世紀イギリス小説史の正典形成とセンセーショナリズム
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18K00383
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
永富 友海 上智大学, 文学部, 教授 (60305399)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 正典作家 / ヴィクトリア朝 / リアリズム / 大衆小説 / ダーウィニズム |
Outline of Annual Research Achievements |
19世紀イギリスの階級社会制度のありかたに新たな知見をもたらす文化的事象―pretty horsebreaker(高級娼婦)―の実態とその表象についての研究を深める過程で、階級社会の秩序に揺さぶりをかけるpretty horsebreakerが、センセーション・ノヴェル(=大衆小説)にとどまらず、正典作家の作品―19世紀イギリス小説を代表するリアリズム作家、George Eliotの最後の長編小説であり異色作である『ダニエル・デロンダ』―にも影を落としていたことを明らかにした論考を2019年に発表したが、2020年度は海外での調査研究が叶わず、pretty horsebreakersに関する更なる一次資料の発掘はネットでの調査にとどめざるをえず、その間19世紀リアリズム作家の代表的位置を占めるGeorge Eliotの非リアリズム的要素の分析に注力した。その成果は「『サイラス・マーナー』における非リアリズム的物語空間についての一考察(1)」と題した論考として発表し、引き続き研究を続行、その成果は今年度中に発表予定である。 地方色の独特な描写でG. Eliotと並び、正典作家の地位を占めるThomas Hardyの小説もまた、リアリズム一辺倒ではない、センセーション・ノヴェル風の大衆性を備えており、彼の描くヒロインたちもまた、pretty horsebreakersの延長線上にある反社会性を秘めている。彼女たちに付与されたセクシュアリティは、『ダニエル・デロンダ』のヒロイン、グェンドレンに比べて遥かに明示的であり、その表象は単に露骨であるというよりも、グロテスクなひねりを加えられているところにHardyの独自性が見出せる。彼の後期作品『森林地の人々』は、そのひねりとグロテスクさが、ダーウィンのレトリックとの関与性において説明されることを分析し、その論考は5月に出版予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
pretty horsebreakersという文化的事象がヴィクトリア朝小説のなかにいかに表象されているかという点を、イギリス小説正典形成の問題を考察するためのひとつの切り口にすることによって、19世紀イギリス小説史の見直しを図ろうとする本研究において、pretty horsebreakersの影を、大衆小説のなかだけでなく、正典小説のなかにも発見できたという意味において、当初構想していた研究の青写真を着実に実現できつつある。 問題は、pretty horsebreakersについての一次資料がまだ十分に渉猟できていないことにあり、その点については現地での調査が必須である。特に、当時ハイド・パークの周辺にいくつもあったとされる貸馬車屋の実態調査をぜひともおこなう必要があり、今年度ロンドンでの調査が可能になった場合にはすぐに着手できるように、目下準備をすすめている。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度は渡英が一切叶わなかったために、本研究をまとめあげて研究書の形で発表するためには、一次資料の収集がいまだ十分ではないと言わざるをえない。しかしながら、小説との関係性では期待以上の進展があった。Hardyの初期の作品『青い瞳』にも、当時の上流社会の社交の場であり、pretty horsebreakersたちが出没していたハイド・パークの場面が描きこまれていることを発見できた。今年度の現地調査の如何にかかわらず、まずはこの小説の分析を着実に進めていきたい。それと同時に、電子化された当時の新聞雑誌類にアクセスし、pretty horsebreakersに言及した記事の収集をできるかぎり進めていく予定である。 文学史の正典形成という視点から切り込んだ、新しい「イギリス文学史」執筆の計画を以前からあたためていたが、今春その作業に着手し、プロジェクトの方向性について夏頃にはプロジェクトの全体像を明確化する予定である。
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Causes of Carryover |
2020年度に海外渡航が叶わず、ロンドンでの実地調査、資料収集および学会参加ができなかったため、それらの費用が未使用のまま繰り越されることになった。 2021年度についても、現状では渡英の可能性が不確定であるが、可能であれば夏季休暇中に渡英、資料収集と調査をおこない、無理な場合は、British LibraryとMary Evans Picture Libraryを通して一次資料のアクセスにつとめ、資料のデジタル化を依頼する。 すでに日本語で発表済みの pretty horsebreakers論については、上記で収集した一次資料を加え、Daniel Deronda論の部分を充実させたのち、英語論文として発表する。David Copperfield論は、ヴィクトリア朝におけるsiblingsの言説との関係を明確化したのちに、英語論文として発表する。両論文の校閲をネイティヴ・スピーカーに依頼し、謝金を支払う。
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Research Products
(2 results)