2021 Fiscal Year Research-status Report
19世紀イギリス小説史の正典形成とセンセーショナリズム
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18K00383
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
永富 友海 上智大学, 文学部, 教授 (60305399)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 高級娼婦 / ハイド・パーク / 水治療 / センセーショナリズム / 19世紀イギリス小説 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、イギリス小説史の正典形成において重要なファクターとなる階級問題を考察するうえで、ハイド・パークにおける上流社会の集いと、その階層への侵犯を試みる高級娼婦(pretty horsebreaker)の表象をひとつの大きな切り口としている。この社会的事象を正典作家が忌避する傾向にあるなか、George Eliotが『ダニエル・デロンダ』において、その危険領域への突破をいかに成し遂げているかを明らかにした論文は昨年に発表した。 一方で、Eliotと並ぶヴィクトリア朝を代表する正典作家Dickensの場合、センセーショナルな事件を小説の駆動力として取り込むことにやぶさかではないものの、国民的作家としての彼のpaternalismの向かう先は、もっぱら(高級娼婦とは対極にある)労働者階級の売春婦である。そのなかで上流社会に属する「過去のある女」が描かれた珍しい例として『荒涼館』というテクストが挙げられる。このテクストにおける高級娼婦の表象分析は続行中であるが、それと並行してまた別のセンセーショナルな事件と本テクストとの関係が浮上してきた。当時ひとつのブームとなりつつあった「水治療」の施術者であるレイン医師が人妻と不倫関係をもったとして、その夫が起こした裁判事件である。水治療の患者のなかには著名な作家、著述家、その関係者たちも多数おり、Charles DarwinやGeorge Eliot、Dickens妻のCatherineもそうであった。医学、社会、文化、文学等々の言説が交錯する水治療という現象の磁場で働いていたセンセーショナリズム的な力と、Dickensの正典小説を構成するセンセーショナルな事件がいかに響き合うかを分析しつつ、まずは19世紀イギリスにおける水治療の実態について、DarwinとDickensとを切り口に調査した研究結果を2021年度の紀要において発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ハイド・パークにおける上流階級の集いと、そこに乱入する高級娼婦との関係に焦点を当てた研究は順調に進行中であり、これまでの成果に加えて、さらに重要なソースを発見することができた。これまでは、いわゆる正典小説と、正典への仲間入りをほぼ果たしたといってよいセンセーション・ノヴェルを調査対象としてきたが、もうひとつ(下の)レイヤーを形成する「ボヘミアン・ノヴェル」がそれである。この種の作品を手掛けたGeorge Augustus Salaは、Dickensのサークルに属し、小説よりもむしろジャーナリズム関連で活躍した作家であるが、彼の興味と嗜好が向かう先にはつねに正典小説には現れない<危うい>要素が蠢いている。Salaは、Dickensの編集する雑誌への寄稿者であると同時に、センセーション・ノヴェリストのひとりであるMary Elizabeth Braddonの手掛ける雑誌『ベルグレイヴィア』にも参加し、後者においては正典小説を仮想敵とする大衆小説擁護の論陣を張り、まさにDickensが避け続けた領域に好んで切り込んでいく。Salaの作品と執筆活動を視野に入れることで、本研究が目的とするヴィクトリア朝小説の正典形成の見取り図を描くという作業が大きく前進したといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)“pretty horsebreakers”に関する資料は引き続き調査中であり、同時期にロンドンで馬の調教の見世物をおこない、一世を風靡したMr. Rareyの資料も新たに入手しつつある (2)今年度中に完成させる予定の研究としてまずディケンズの『荒涼館』の分析があり、まずは5月に開催される日本英文学会のシンポジウムで、その成果の一端を発表する (3)Dickens’s Young Menと呼ばれた著述家・ジャーナリストたち――主にGeorge Augustus SalaとEdmund Yates――の研究についてはまさに着手したところであるが、資料の収集はすでにかなり進行しており、本年度は具体的な読解・分析をできるかぎり進める予定である
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Causes of Carryover |
2021年度に予定していた支出経費を持ち越さざるを得なくなった最大の理由は、コロナ禍により海外渡航が難しく、現地での調査や学会出張ができなかったことである。 2022年度については、夏季休暇あるいは春期休暇にロンドンへの出張をおこない、19世紀においてハイド・パーク近辺に存在した貸馬車屋の調査をおこなう予定である。また正典形成の分析において新たに分析対象として浮上した「ボヘミアン・ノヴェル」という層に属する作家群―Dickens's young Menと呼ばれたGeorge Augustus SalaとEdmund Yatesらの作品群を、古書も含めて可能な限り購入する予定である。これらの作品のなかで購入不可のものについては、British Libraryやイギリスの大学図書館で複写をおこなう予定である。
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Research Products
(3 results)