2020 Fiscal Year Research-status Report
現代アイルランド人作家が描く移民像の変遷とその社会的背景について
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18K00401
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Research Institution | Seinan Gakuin University |
Principal Investigator |
河原 真也 西南学院大学, 外国語学部, 教授 (80454924)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | アイルランド小説 / 移民 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、これまでに検証したアイルランド移民の諸相と20世紀前半における移民を生み出すに至った社会背景を踏まえて、引き続き20世紀後半以降のアイルランド小説において移民表象がいかなるものであったかについて研究を進めた。具体的に対象とした作家は、21世紀に活躍するColm Toibin, Sebastian Barry, John Boyneの3名である。 特に重点的に扱ったのはSebastian Barryであった。彼の_The Secret Scripture_(2008)において描き出される、都市から都市へと移動する、地域的には狭いエリア内での「移動」表象にも、これまで研究対象としてきたアイルランド系「移民」と同じ要素が存在することに気づき、Irish Diasporaと呼ばれるアイルランド系移民の共通的価値観や規範といったものを新たに見出すに至った。その際に有益であったのは、1940年代から60年代にかけて出版された定期刊行物や、そこに掲載された人生相談、読者からの投稿欄などの資料である。これらを検証することで、アイルランド特有のカトリック的価値観が強まっていた背景と移民表象を結び付けることが可能となったと言えよう。 また前年度に引き続き、多様な移民像という視点からも考察を深めたが、「階級」という要素を加えた点も今年度の成果であろう。カトリックやプロテスタントといった宗派による違いによって、移民の諸相が多岐に渡っていたことは従来から指摘されてきたことであるが、今回いくつかの文献から出身階級によって移民の在り方が異なっていた事実を新たに掘り起こすことができた。この点については、すでにColm Toibin の_Brooklyn_についての論考においても指摘したが、米国における移民の諸相を扱った歴史的文献からこの点を確認できた意味は大きい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナ禍により、遠隔授業に伴う学科主任業務が激増したため、研究に費やすことができる時間が大幅に減ったことがまず理由として挙げられる。特に前半は勤務校の図書館利用の制限などもあり、歴史的資料の閲覧等が出来なかったことは、研究を進めるうえで大きな影響をもたらすこととなった。 またアイルランドへ渡航することが不可能となったことも、進捗状況が悪化したもう一つの要因である。現地の公文書館や図書館、学会等において、アイルランド系移民に関する最新の研究動向やアイルランドの視点からの研究テーマに類する最新情報を得るには、現地への渡航が欠かせない。オンラインによる学会参加などをしたとはいえ、例年よりも情報量という点では格段に劣る。海外渡航については今年度も同じ状況が続くと予想されるため、代替措置を検討する必要があると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
これまで遂行した研究内容の総括として、20世紀のアイルランド小説における、アイルランド人作家が描く移民像の変遷に関係する社会的事象を抽出し、移民表象とそれらの比較を行いながら、現代のアイルランド人作家の創作意図を探ることが主な作業となる。 さらには、それらの成果を現代の英国、アイルランド両国が抱える問題に当てはめて考察を加えることももう一つの課題となろう。英国のEU離脱によって北アイルランドの情勢にも変化が出てきている。この点が作家による移民の描写とどう関わってくるのか。歴史的資料に加えて、最新の英国・アイルランド情勢などもおさえながら、検証を進めていく。可能であれば、これまで本研究において扱ってきた20世紀及び21世紀のアイルランド小説と、北アイルランドを舞台とした小説とを比較し、国外への移民だけでなく、アイルランド島内へ入ってくる移民をも検証対象としてみたい。そういった展開は、現代社会において文学研究が世界の社会問題を解決する糸口となりえることを提示する試みとなろう。
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Causes of Carryover |
コロナ禍によって予定していたアイルランド渡航が叶わず、予定していた旅費が使用できなかったため。
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