2020 Fiscal Year Research-status Report
イングランド共和制下における王党派詩集と歌集のメランコリックな政治性
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18K00427
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
笹川 渉 青山学院大学, 文学部, 准教授 (10552317)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 王党派 / ミセラニー / イギリス詩 / チャールズ1世 / ジョン・ダン / クローリス |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度での本研究課題の研究実績は、共和制下に出版、筆記された王党派の歌集や詩集に収められた、一見特異に見えない恋愛詩が政治的に読める可能性を探ること、そしてそのような作品に王党派のメランコリーの痕跡が認められることを、以下に述べる2点の研究業績を通じて公表したことである。 具体的には、(1) 1650年代の王党派による歌集や詩の雑録であるミセラニーに登場する人物クローリスが共和制以前の王政の記憶を喚起するものであることを、「牧歌と神話のクローリス――イングランド内乱期および共和制下の歌集から――」として論じた。1650年代に出版された王党派の歌集やミセラニーに神話と牧歌に登場するクローリスが繰り返し登場する理由を探るために、1640年代に王党派により作成された手稿にも着目することで、クローリスはチャールズ1世の王妃であるヘンリエッタ・マリアを表す記号として機能していることを論じた。 また、(2) 1650年代の王党派のミセラニーには、共和制以前に執筆された恋愛詩を再利用し、当時弾圧された娯楽を紙上で表現したものがあることを、「ブラゾンの政治学――『機智と冗談』におけるダンの「恋の旅路」とミルトンの『失楽園』の対比――」で論じた。内乱期以前に執筆されたジョン・ダンの「恋の旅路」(“On Love’s Progress”)が、1650年代に王党派が出版したミセラニー『機智と冗談』(Wit and Drollery)の文脈の中で、どのように再利用されているのかを検討し、特に恋愛詩に特有のブラゾンの利用のされ方に着目した。一方で、王党派とは対立するプロテスタントのジョン・ミルトンが『失楽園』(Paradise Lost)の中で、同時代に流行っていた恋愛詩を反駁する目的で、結婚愛の賛美と王党派とは異なるブラゾン的な描写を行っていた可能性を指摘した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題に関して。2本の論文を発表できた点では評価できるが、当初の計画年度内で最終的なまとめとなる論文を公表できなかった点でやや遅れていると自己評価する。 本研究課題に即した研究資料の方法には、大英図書館やオックスフォードのボドリアン図書館などに所蔵されている手稿を直接調査することが含まれているため、新型コロナウイルス感染拡大の影響により現地調査ができないことから、十分に進められているとは言い難い。そこで本研究課題の補助事業期間延長を申請し、最終年度にまとめる予定であった論文の完成を目指している。 令和2年度の研究成果となる論文執筆は、研究課題1年目と2年目途中までの現地調査の成果と、研究代表者の所属する機関で閲覧可能なEEBO (Early English Books Online)を利用することで遂行した。それにより、本研究課題のテーマである、国王不在の時代の王党派の歌集や詩集の政治性と、そこ見られるメランコリーについて研究成果の一端を示すことができた。例えば、王党派が失われた時代を喚起させ喪失を反復するメランコリックな特徴が歌集に垣間見られることや、王党派が内乱期以前の恋愛詩を利用し、政治的な手段としていた例を提示したことである。また、国王の復位を望みながら、それが達成されずに繰り返し愛を歌う様は、共和政府に対する王党派の抵抗であると同時に、願望が達成されないことを自覚した自己表現であったことが伺える。以上の論点から、イングランド共和制下の文学は、出版された詩集の理解のみでは不十分であり、歌集や手稿も見ることでその特徴が初めて明らかになることを提示できた点で、共和制下の文学のあり方を再考するための一助とすることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
研究期間を1年間延長した2021年度は、研究課題のまとめとなる論文を公開することを目指す。2021年度も新型コロナウイルス感染拡大の影響により、国外への出張は難しいことが予想されるため、1次資料の調査は研究代表者の所属する機関も含め、国内の研究機関で行える範囲として、これまで収集した資料も踏まえながら、王党派のメランコリーを理論的に分析することを中心に行う。 これまで本研究課題で提示してきたように、王党派は喪失した対象を取り戻せないことを自覚しつつも、そのような姿を作品で示し続けるという自己愛が表現されていると考えられる。国王をキリストとしてとらえ帰らぬ救世主を作品に綴るにせよ、国王と女王の恋愛を描くにせよ、そこには喪失した過去への憧憬があるとともに、嘆く語り手を現前させる機能も働いている。この点をより深めるために、17世紀半ばにロバート・バートンの『憂鬱の解剖』(The Anatomy of Melancholy)が版を重ねていた理由を求めたい。王党派が残した手稿や印刷本の歌集やミセラニーは、彼らの喪失感、いわゆるメランコリーを治療する役割があったこととともに、喪失した国王や過去を繰り返し表現する創造的能力を表現している証拠になると考えられるからである。 1650年代の王党派の歌集とミセラニーをメランコリーの観点から論じるために、バートンについての先行研究を参照し、論文を通じて王党派の文学を分析する際の新たな視座を提供することを目指す。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、国外出張として予定していた旅費を全く使用することができなかった。2021年度の使用計画として、(1)可能であれば国外出張費としての旅費、(2)2020年度の研究成果を著した書籍代、(3)資料としての書籍代、(4) 論文作成のためのノートパソコンが故障したため代替品の購入、などを予定している。
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Research Products
(2 results)
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[Book] 緑の信管と緑の庭園2021
Author(s)
岩永弘人、諏訪友亮、谷本佳子、笹川渉他
Total Pages
431
Publisher
音羽書房鶴見書店
ISBN
9784755304231