2018 Fiscal Year Research-status Report
The Search for Linguistic Modernity in Italy in the 19th century ---- with a focus on Manzoni and Leopardi
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18K00444
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
糟谷 啓介 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 教授 (10192535)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | イタリアの「言語問題」 / 言語規範 / 近代性 / マンゾーニ / レオパルディ |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度においては、イタリアの「言語問題」の重要性を明らかにするために、イタリアの言語問題に関わる言説の類型を分析し、それが他の国や地域の事例に対してどの程度参照枠として役に立ちうるかどうかを確定することに努めた。したがって、イタリアの「言語問題」と他の事例を比較することによって、それらの間の共通点と相違点を抽出した。イタリアの「言語問題」を貫通する言説は、古典の言語を絶対的規範と考える純粋主義、イタリア全土の言語要素から成る共通語を主張するイタリア主義、言語的中心としてのフィレンツェの位置を重視するフィレンツェ主義の三つの立場に分類することができる。こうした類型は、ほかの国の言語規範をめぐる議論においても、たびたび見られる。たとえば、明治期の日本においては、標準語制定をめぐる議論のなかで、この三類型が現われたことがある。しかし、それは何らかの影響関係によるものではなく、言語規範に関する言説のアプリオリな構成によるものと考えられる。そして、どの要素が議論の対象になるかは、国と時代の違いに応じて、自明性の水準が変動することによって変化する。 イタリアの「言語問題」があたえた具体的な影響としては、フランスの事例を挙げることができる。その典型は、クルスカ・アカデミーを範としたアカデミー・フランセーズの設置である。しかし、こうした類似性がありながらも、重要な相違が存在する。それは、イタリアがすでに14世紀フィレンツェ文学という「古典」をもっていたのに対し、17世紀のアカデミー・フランセーズ発足時においてフランスに「古典」が欠如していたことである。この違いが両国のアカデミーにおける規範設定に大きく影響した。そのことがアカデミー・フランセーズにおける「慣用」の重視という態度につながった。これはイタリアの「言語問題」には見られないアカデミー・フランセーズに独特の特徴であった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の最終的な目標は、マンゾーニとレオパルディという19世紀の文学者に見られる言語観を考察することにあるが、その前提として、2018年度は、イタリアの「言語問題」全体を展望し、その問題系を構成する言説の類型を分析することによって、研究の土台を据えることを目指した。その結果、所属する研究科の紀要に一本の論文を発表することができた。また、その研究の副産物として、ヨーロッパにおける共通語と民族語の歴史的展開をあつかった研究書の翻訳を上梓することができた。 2018年度の研究が明らかにしたのは、イタリアの「言語問題」を参照枠とすることで、ほかの国の言語規範をめぐる議論の特徴を浮き彫りにすることができ、ひるがえってはイタリアでの議論の特徴をも明確に把握することができるという点である。とくに、イタリアの「言語問題」には、超歴史的ともいえる言説の類型が現われることはたしかであるが、イタリアにおいては、ほかの国であれば「当たり前」とされて明示的に語られないような事柄でも、あからさまな議論として語られるという特徴がある。この点を「言語的自明性の水準の変異」という概念を用いて考察した。その典型が言語的中心をめぐる議論である。また、純粋主義、古典主義、言語の「慣用」などの概念に関しても、それぞれの国や時代の事情に応じて、さまざまな意味をもちうる。しかし、そうした多様性を認識するためにも、イタリアの「言語問題」は、言語規範に関する言説の集合として、さまざま事例の特徴を測る照準器としての役割を果たしうる。この点を明らかにしたことは、2018年度における研究の進展によるものである。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度においては、イタリアの「言語問題」の全体像を確定するとともに、マンゾーニの「慣用」概念の特徴を考察した。2019年度においては、研究テーマとして取り上げたもうひとりの文学者であるレオパルティの言語論についての考察に着手する予定である。レオパルティは、抒情詩から哲学的散文にいたる幅広い作品を残しているが、この研究で取り上げるのは、レオパルティが日々の思索を記した文章の集成であり、死後に出版されたZibaldone di pensieriである。このZibaldoneでは、文学から哲学や歴史に至るまで実にさまざまな主題が論じられているが、本研究では言語論を中心に考察する。しかし、言語論と一言でいっても、Zibaldoneでは、哲学的言語論、翻訳論、古代語と現代語の関係、科学言語についての考察、イタリア語史、言語と社会の関係、言語と想像力、詩的言語の考察など、さまざまな議論が展開されている。こうした主題の多様さが災いして、Zibaldoneは雑然とした文章の集積という印象をあたえることにもなった。しかし、いくつかの先行研究で指摘されているように、Zibaldoneには「非体系的な体系性」ともいうべきものがあり、常に運動状態にあったレオパルディの思索の特徴がよく現れている。こうした認識を基礎におきながら、Zibaldoneの読解を進めることで、レオパルディの言語論の核にある要素を抽出することを目指す。合わせて、Timpanaro、Gensini、Bolelli、Formigariなどを始めとする先行研究を精査することによって、レオパルディの言語論の現代的意義について考察する。
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Causes of Carryover |
注文した洋書が年度内に届かず残額が生じたため。残額は2019年度に物品費として使用する計画である。
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Research Products
(2 results)