2019 Fiscal Year Research-status Report
The Search for Linguistic Modernity in Italy in the 19th century ---- with a focus on Manzoni and Leopardi
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18K00444
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
糟谷 啓介 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 特任教授 (10192535)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | イタリアの「言語問題」 / 言語の近代性 / マンゾーニ / レオパルディ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の概要は、19世紀イタリアの二人の文学者であるマンゾーニとレオパルディの言語論の比較を通じて、当時の知識人が取り組んだ言語の「近代性」の探究という営為の内実と意味を考察することである。マンゾーニとレオパルディはどちらも言語に関する省察を記した膨大な草稿を残した。彼らの言語論は、けっして文学者の余技ではなく、本格的な言語研究として進められた点に注意する必要がある。研究作業は彼らの残した草稿群に分け入って、両者の言語意識の共通性と相違点を浮かび上がらせることを目指す。こうした作業を通じて、19世紀イタリアの知識人の言語意識、ひいては近代認識のあり方と振幅の大きさを明らかにする。 2019年度の研究実績は、言説の一般的特徴として、発話主体、聴衆ないし読者、テクストの三者間で循環構造があることを明らかにした点である。この知見はマンゾーニとレオパルディの言語論を読解する際に重要な理論的装置となる。また、この作業と並行して、両者の言語論の比較検討を進めた。そのなかで、両者の共通点と相違点は、ロックからフランスの観念学者に至る啓蒙主義言語論に対する態度を見ることで明瞭に描くことができることを認識した。マンゾーニもレオパルディも保守的な純粋主義者を批判するときには啓蒙主義言語論に依拠したが、そこからの出口が両者では大きく異なっていた。すなわち、マンゾーニは言語記号の社会性を重要視したのに対し、レオパルディは言語の根源的な隠喩的性格を認めていた。こうした相違の背景には、両者の近代意識そのものの違いがあった。このようなパ―スペクティヴを発見できたことは、2019年度の大きな成果である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度においては、マンゾーニとレオパルディの言語論の資料を読み進め、両者の言語認識の比較対照のための作業をおこなった。そのなかで、両者の言語論は膨大な量に及ぶので、なんらかの比較基準を設けなければ、迷路に入りこんでしまうことが危惧された。そこで、比較のポイントとして、同じく18世紀フランスの啓蒙主義言語論という理論的背景を有しながらも、マンゾーニとレオパルディの言語認識は、なぜまったく異なる方向性を取るに至ったのかという疑問点を設定することにした。この方向での研究は現在進行中であり、まだ最終的な結果を得ていないが、研究は着実に進展している。 マンゾーニとレオパルディの言語論はたいへん豊かな内容を備えているので、たんに歴史的あるいは懐古的な視点から研究するだけでは不十分であり、現在のわたしたちにも関係する言語本質の認識の問題としてとらえねばならない。そのためには、研究主体の側が明確な言語認識をもつ必要がある。そこで2019年度には、ひとつの試みとして、言説(ディスコース)を構成するテクストが聴衆・読者に及ぼす語用論的効果に関する論文を大学の紀要に発表した。これは顕在的なテクストと潜在的な前テクスト(暗黙の前提)ないし後テクスト(聴衆への働きかけ)が循環構造をなすことを論じたものである。この論文は、19世紀イタリアの言語意識を直接扱ってはいないが、いかなる場合にせよ言説の構造を理解するためには不可欠な視点を用意したものであり、今後の研究の進行に役立ちうる。 以上の点からみて、現在までの進捗状況は順調であると判断することができる。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は最終年度であるので、研究全体のまとめとなるような成果を目指す。具体的には、マンゾーニとレオパルディの言語論の読解を進めるとともに、ロック、コンディヤックからチェザロッティに至る「啓蒙の言語論」の系譜をたどり直し、そこからマンゾーニとレオパルディが何を受け継ぎ、何を受け継がなかったかを明らかにする作業に入る。この比較を縦軸とすれば、横軸として、イタリアの「言語問題」に対するマンゾーニとレオパルディの立場設定の違いを、チェーザリに代表される純粋主義に対する両者の批判を検討することによって比較する。この二つの軸を交叉させることにより、マンゾーニとレオパルディの言語論の特質を立体的に浮かび上がらせること、とくに、言語の近代性に対する両者の姿勢を明らかにすることが目標となる。その場合には、両者の言語論の射程が文学的、哲学的次元だけでなく、社会的次元にも及ぶことを念頭におく。したがって、基本的な推進方策としては、思想史的なパースペクティヴに基づく文献読解の作業が中心となる。可能であれば、イタリアでの資料調査を行ないたいが、新型コロナウイルスの蔓延の影響で不可能になるおそれもある。その場合は、できるかぎりそれを補うような形で文献研究を遂行する。研究の成果は、今年度ないし次年度に論文として発表する予定である。
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