2019 Fiscal Year Research-status Report
The Monadic Movement in Samuel Beckett's Literature
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18K00466
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Research Institution | Kobe Women's University |
Principal Investigator |
森 尚也 神戸女子大学, 文学部, 教授 (80166363)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ベケット / ライプニッツ / モナド / incommensurability |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、「サミュエル・ベケットにおけるモナド的運動:身体運動からイメージ運動、〈流動〉へ」の主題における、身体運動とイメージ運動に焦点をあて、その代表的例として、初期小説『マーフィー』と後期テレビ作品『クワッド』、小説三部作から『マロウンは死ぬ』を取り上げて考察した。マーフィーは職をさがしてロンドンを歩き回る一方、部屋で揺り椅子に身体を縛り付けて動かない。マーフィーは動と静の両極を表象している主人公であるが、初期草稿には「モナド」の運動を示唆する登場人物Xとして設定されている。『クワッド』は正方形の舞台のうえをひたすら4人の人物があらかじめ決められたルートを組み合わせにしたがって歩行し続けるもので、終わりなき身体運動の代表として捉えることができる。『マロウンは死ぬ』は、死を待つ老人マロウンがベッドのうえでひたすら手記を書き続けるもので、身体運動はほぼ皆無だが、そこで展開されるイメージの運動が中心となる。これらの運動を考察するうえで、1932年から34年頃にベケットが読んだヴィンデルバントの『哲学史』に焦点をあてた。なんとこの書物をめぐってベケットは500ページにもおよぶ詳細なメモ書きを残している(アイルランド、トリニティ・カレッジ・ダブリン、バークリー図書館所蔵のサミュエル・ベケット草稿研究、2019年9月10日ー9月18日)。 『クワッド』論は、運動の背景となる多様な文学、思想、形而上学をベケットがいかに意識的に取り込もうとしていたかを、ベケット自身の手による演出メモに残された言葉の解読を中心に展開したものである。『マロウンは死ぬ』論は、エミリー・モラン『サミュエル・ベケットの政治的想像力』に啓発されたもので、思想的文脈が取り沙汰されることの多いベケット文学の背景に、ベケットがいかにホロコーストの告発をはじめとする現実を取り込んでいたかを『マロウンは死ぬ』を題材に論じたもの。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
9月のバークリー図書館でのベケット「哲学ノート」の草稿研究は、短い期間ながら収穫は多かった。しかし帰国直後に発熱、3週間入院、以後12月末まで治療を継続したため、予定を変更せざるを得なかった。10月のIASIL Japanでの発表をキャンセルし、12月のベケット研究会での発表と、招待されていた「ベケットとテクノロジー」シンポジウム論集の寄稿に絞った。 12月のベケット研究会ではサミュエル・ベケットにおけるモナド的想像力(ライプニッツのモナドロジーに触発された運動、微少表象、死の表象、最善世界などの主題群)とベケットが生き抜いた第二次大戦下の世界がどのように関係しているかを、小説『マロウンは死ぬ』をとりあげて論じた。これはエミリー・モラン『サミュエル・ベケットと政治的想像力』に触発されたものであり、ベケットが単にモナドの運動を形而上学として興味をもってとりあげたのではなく、一方では絶え間ない運動を展開するモナドに魅了されつつも、ホロコーストの残虐さを死を待ちながら書き物をするマロウンに託して密かに、しかし疑いえないかたちで小説で告発しているのだった。ベケットにおける形而上学と現実の関係を明確にすることができた点において、この発表は成功だった。 英語論集「ベケットとテクノロジー」では、一昨年に続いてベケット後期テレビ作品『クワッド』の草稿研究を深化させたもので、昨年12月に提出したものを、この5月にも大幅に書き直した。『クワッド』を書記小説『マーフィー』と比較するという試みだが、ヴィンデルバントの哲学史をまとめた直後にベケットが書き始めた『マーフィー』には、ピュタゴラスから、ダンテ、バークリー、ライプニッツ、カントまで、西洋形而上学におけるベケット独自の系譜が流れ込んでいる。その一連の系譜は、『クワッド』にも認められるのである。
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Strategy for Future Research Activity |
今年は、コロナウィルス禍のなかで、予想外の様々な制約がでてきており、海外での草稿研究や、学会発表は断念せざるを得ないだろう。そのなかで今やるべきこととしては、次の3つである。 1 昨年のベケット研究会での発表を論文化すること 2 英語論文『クワッド』論を完成すること 3 1昨年のIASIL Japanでのシンポジウム「ベケットとカタストロフィ」の英語論文化 この3本の論文を執筆する中で、ベケットとホロコーストの問題、ベケットと文学・哲学・形而上学の問題を掘り下げながら、モナド的運動、イメージ、流動の主題を考察していきたい。
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Causes of Carryover |
予算はほぼ予定どおり使い切った。 しかしながら、次年度はコロナウィルスの影響により、海外での草稿研究や学会発表は断念せざるをえない。したがって次年度の予算(主に旅費)を再来年度に延期して使用したいと考えている。つまり研究計画自体を1年延ばしたい所存である。
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Research Products
(1 results)