2019 Fiscal Year Research-status Report
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18K00480
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Research Institution | Kagawa University |
Principal Investigator |
金澤 忠信 香川大学, 経済学部, 准教授 (20507925)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ソシュール / 伝説・神話研究 / 歴史比較言語学 / ニーベルンゲン / トリスタンとイゾルデ / ゲルマン英雄伝説 / ギリシア神話 / 記号論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールが19世紀末から20世紀初めにかけて行った古代ギリシア・ローマ神話、中世英雄伝説、北欧神話に関する研究を、20世紀後半の記号論あるいは構造主義の理論的枠組みから切り離したうえで、彼の研究の動機、方法論、目的を未公刊の手稿から読み取り、ほぼ同時期に行っていたと考えられる歴史比較言語学研究、一般言語学研究、アナグラム研究との関連性において明らかにするというものである。 ソシュールは伝説・神話研究において、『ニーベルンゲンの歌』、『トリスタンとイゾルデ』、中世英雄叙事詩『クードルーン』、中世恋愛抒情詩『ミンネザング』、「エッダ」あるいは「サガ」と呼ばれる北欧神話、ギリシア神話(特に「テーセウス」)を研究対象にしているため、まずそれらに関連する研究書を入手した。ソシュールの手稿を読解するために、中世ラテン語、古高ドイツ語、古フランス語、古アイスランド語の辞書も購入した。2年目にはおもに、ゲルマン諸国家が興隆し、ローマ化=キリスト教化していく歴史に関する書籍を購入した。 2018年8月に2週間ジュネーヴに滞在し、ジュネーヴ図書館(BGE)所蔵のソシュールの手稿・書簡、および言語学者、文献学者、歴史学者、文学者らによる伝説・神話研究関係の資料を収集した。ソシュールの手稿はデジタルデータ(TIF)の形でジュネーヴ図書館で購入した。 2019年8月末から9月初めにかけて10日ほどやはりジュネーヴ図書館で、前年に収集しきれなかった手稿資料を中心に調査し、本研究に関わる重要な資料を選別し購入した。今回は特にアメデ・ティエリのアッティラ研究に関する手稿を見つけることができ、論文にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ジュネーヴ図書館に収蔵されているソシュールの伝説・神話研究関連の草稿のうち、初年度に資料番号Ms. fr. 3958(1,063ファイル)およびMs. fr. 3959(1,056ファイル)をTIF形式で入手した。2年目は、1996年にジュネーヴのソシュール家で発見された比較的新しい資料を中心に収集・購入した。具体的には、資料番号Archives de Saussure 368/1, 374/2, 374/3, 375/1, 382/7, 382/9, 383/13, 384/3, 384/9, 396/3に収録された合計1,972枚のTIFファイルである。 これまでに収集した資料のなかで、歴史学者アメデ・ティエリ(1797-1873)の著書『アッティラとその後継者たちの歴史』に関する手稿を見つけることができた。そこには、過去についての主観的想像の排除および過去における客観的事実の検証という、「歴史」に対するソシュールの一貫した研究姿勢を読み取ることができる。ティエリのアッティラ研究がソシュールの伝説・神話研究に影響を及ぼしていることはほぼまちがいなく、伝説の「細部」や「特徴」を最重要視する手法は、直接ティエリを援用していると言っても過言ではない。ただし、アッティラが歴史上実在したとみなされる人物であるのに対し、『ニーベルンゲンの歌』の英雄ジークフリートは伝説上の人物であるため、研究方法に自ずと違いが出てくる。ソシュールは年代記が伝説の基盤になっていると想定し、トゥールのグレゴリウス『フランク史』に『ニーベルンゲンの歌』の原型を見出す。伝説は歴史(イストワール)にもとづくというソシュールの伝説・神話研究の前提条件であり最終的な結論を「ソシュールの伝説・神話研究における歴史の概念」(『香川大学経済論叢』第92巻第3号、2019年12月)において公表した。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度および2019年度にジュネーヴ図書館で収集した手稿資料はTIFファイルで2,000枚以上あるため、まだすべてを調査し終えておらず、まずその読解作業を遂行しなければならない。アメデ・ティエリの方法論を適用したと考えられる『ニーベルンゲン』研究に関しては一つの論文としてまとめることができたが、他の伝説・神話研究についても同様の方法論にもとづいているのかどうか検証する必要がある。しかし、ソシュールが研究対象とする伝説・神話における「細部」および「特徴」のデータは膨大であり、またそれらと年代記との比較・対照は文献学的専門性が要求されるため、ギリシア語、ラテン語、ゴート語などで書かれた原典を参照するのには限界がある。今年度が本研究の最終年度であるので、当初予定していた研究成果をあげるためには、ある程度資料を限定して論点をしぼりこむ必要があるかもしれない。 本研究はソシュールの伝説・神話研究について、ソシュールがその創始者・先駆者であったと言われる20世紀の知的枠組みからいったん切り離すかたちで考察を始めたが、やはり記号論的あるいは構造主義的な伝説・神話研究との関連性・影響関係、さらには相違・独自性についても論じないわけにはいかないだろう。そのためにソシュール研究者らによる解釈や、ウラジーミル・プロップ、マックス・リュティ、クロード・レヴィ=ストロースなどの伝説・神話研究との比較検討も行う。 研究の過程で、「神秘的な視点」によって生み出された「幻影」を排して現実の「人間」に迫り、過去の「真実」を探求するソシュールの姿勢は、6世紀のブルグント王国の出来事に関する年代記に対しても、19世紀末のドレフュス事件やアルメニア人虐殺事件に関する新聞記事に対しても、ほとんど変わらないことが明らかとなった。ソシュールの伝説・神話研究と政治的言説の関連性についても今後究明していく。
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Causes of Carryover |
参考文献として、熊野聰『北欧初期社会の研究―ゲルマン的共同体と国家』未来社1987年(¥7,480)、松原國師他『西洋古典学事典』 京都大学学術出版会2010年(¥30,800 )などを購入する必要があったが、比較的高額のため次年度に回すことにした。
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