2018 Fiscal Year Research-status Report
広東語の文末助詞のイントネーションと意味――日本語との共通性を求めて
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18K00561
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
飯田 真紀 北海道大学, メディア・コミュニケーション研究院, 准教授 (50401427)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 広東語 / 文末助詞 / 音調 / イントネーション / 声調 / 音調と意味 / 日本語 |
Outline of Annual Research Achievements |
中国語の主要方言である広東語は、伝達態度を表す文末助詞(終助詞)がとりわけ豊富で、しばしばこの言語独自の特異な特徴と見なされる。しかし言語系統・類型が異なる日本語も文末助詞が発達しており、日本語の視点から見ると、両者の間には言語の別を越えた共通性が多数観察される。中でも体系的な共通性が予測されるのが文末助詞にかぶさるイントネーション(または音調)のあり方である。本研究は両言語の文末助詞の音調における言語普遍的な共通性を実証的に提示するための土台作りを目指すものである。 本年度は広東語を対象に以下の分析を行った。(1)研究の蓄積の豊富な日本語の文末助詞の音調に関する知見を参照し、従来、広東語学界では文末助詞の形態の一部と見なされてきた「声調」を、日本語の文末助詞に加わる「音調」に相当するものであると捉え直すことを提起した。それにより、声調言語である広東語と非声調言語である日本語との文末助詞をめぐる偶然とは思えない共通性を体系的に捉えることが可能になった。例えば、広東語の多くの文末助詞に見られる音調の1つに高平ら調[55](最も高い音を5とし、最も低い音を1とする)があるが、高平ら調をとる文末助詞には、高下り調[53]の変異形を持つものがある。一方、日本語の文末助詞「ね」にはアクセント上昇調のほかに急激な下降を伴う上昇下降調の音調がある(「今日はいい天気ですね/ねぇ」の「ね」と「ねぇ」)とされるが、広東語の高下り調は日本語の上昇下降調に聴覚的に酷似している。(2)文末助詞における音調と意味の相関について、いくつかの個別の文末助詞を例に初歩的な考察を行い、両言語の共通性を指摘した。具体的には、同意形成や情報一致を意図する文末助詞が高い音域と結びつき、受容の意味を表す文末助詞が低い音域と結びつくという点である。 以上の分析はいずれも単著(研究成果欄参照)において成果公開した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
30年度の後期は、勤務先よりサバティカル研修の機会が得られたため、研究に専念することができた。そこで、広東語の文末助詞に関する体系的分析および文末助詞という語類の位置付けを言語横断的視点を交えつつ目指した単著を刊行した。図書という性格上、個別のいくつかの文末助詞を散発的に取り上げるのではなく、様々な文末助詞を網羅的に取り上げ、それらの音韻形態に関しても横断的に眺めることが可能だったため、音調の役割、音調の類型化の分析も想定より進んだ。その結果、初歩的ではあるものの、広東語と日本語の文末助詞の音調の比較対照を行うことができた。 また、サバティカルを利用して、3週間弱という短い期間ではあるが、広東語研究の中心地である香港と広州に在外研修に赴くことができ、広東語を母語とする研究者や、他の中国語方言を専門とする研究者と、本研究と関連するテーマに関して学術討議を行い、様々なフィードバックが得られた。一例を挙げると、広東語の文末助詞はしばしば複数の形態素が組み合わさって連鎖を構成するが、連鎖における非終止位置の形態素はいずれもきまって[33](ないしそれより短い[3])の音調、すなわち中平ら調をとる。これらの形態素について、単著(研究成果欄参照)では、軽声(無声調)音節からなる拘束形式であると分析した。このことはすなわち、広東語においては軽声音節が[33]という一定の高さを持つものであり、北京語とは様相が異なることを示唆している。こうした見解は、現地の研究者との議論の中から着想を得たものである。
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Strategy for Future Research Activity |
上記【研究実績の概要】欄で述べたように、広東語の文末助詞によく見られる音調の類型の1つとして、高平ら調があるが、この音調を持つ文末助詞の一部には高下り調の変異形がある。先述の通り、この高下り調は日本語の「ね」が持つ上昇下降調と酷似するため、今後は広東語の文末助詞における高下り調がいかなる意味作用を行うものか、考察を深めて行く。ただし、高下り調の概括的な意味を最初から無理に一般化することはせず、個別の文末助詞ごとに音調と意味の関係の分析を精密に行い、その分析結果を総合して一般化へとつなげる方策を取る。 両言語の文末助詞の音調に関して前述の単著で指摘したもう1つの点として、広東語も日本語も、「受容」の意味を持つ文末助詞は低い音域の音調をとるという点がある。すなわち、広東語の低下がり調[21]と日本語の平坦調(ないし下降調)である。しかしながら、この音調を持つ文末助詞が全て受容の意味を持っているという逆向きの一般化が成立するというわけではなく、それ以外の意味も見い出される。そこで日本語の知見を参照しつつ、広東語の低下がり調が持つ意味についても個別の文末助詞の分析を踏まえて、ボトムアップ式に積み上げて考察したい。 他方で、広東語の文末助詞の音調には日本語には対応する音調が見られないものもある。例えば、低昇り調[23]や上昇下降調[253]という複雑な音形を持つ文末助詞がある。これらについては音響音声学的調査も含めたより精緻な分析を行う必要がある。 そのほか、日本語の文末助詞の意味及び音調に関する研究を行う専門家との意見交換の場を設け、日本語の視点からのフィードバックを得たい。また、文末助詞という語類を持つ他の言語の研究者と意見交換を行うことも視野に入れている。
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Causes of Carryover |
30年度は年度内における単著の刊行が既定事項として決まってしまったため、既に入手済みの限られた文献資料やデータを材料に分析を行い、その成果をアウトプットすることに優先的に資源と時間を費やした。そのため、支出が予定していたよりも少なく済んだ。 そこで、31年度は分析精度を上げるべく、文献資料や言語データの収集を増やすほか、母語話者を対象にした聞き取り調査も増やし、音響音声学的実験なども行いたい。ついては、文献資料や言語コーパス資料の購入、及び調査・実験に参加してくれる母語話者に対する対価の支払いに支出の一定の割合が割かれることになる。ただし、調査・実験対象として適した広東語の母語話者を現在の研究環境で日常的に確保するのは引き続き容易ではないことが予想される。
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Research Products
(4 results)